鬼俊英 From Wikipedia, the free encyclopedia 鬼 俊英(おに としひで、1914年〈大正3年〉6月3日[1] - 1946年〈昭和21年〉)は昭和期の歌手。 福岡県山門郡山川村立山(現在のみやま市山川町立山)出身[1]。神奈川県立湘南中学校を経て立教大学経済学部卒業[1]。在学中は水泳選手としても活躍した[1]。1939年(昭和14年)10月1日にテイチクから歌手デビュー[1]。 テイチクレコード盤の「空の勇士」、興亜行進曲など戦時歌謡中心に吹き込む。1941年にはキングレコードへ移籍。 終戦後の1946年(昭和21年)、闇市に出回っていた航空機用のメチルアルコールを飲用し急逝[2]。 妻は同じく昭和期の歌手である生島清美。 脚注 1 2 3 4 5 『レコード音楽技芸家銘鑑 昭和15年版』1940年。doi:10.11501/1056525。https://doi.org/10.11501/1056525。2025年7月20日閲覧。 ↑ 『歌手生活うらおもて』1947年。doi:10.11501/2456797。https://doi.org/10.11501/2456797。2025年7月20日閲覧。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。表示編集 Related Articles