鬼塚英昭

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おにずか ひであき[1]
鬼塚 英昭
生誕 1938年[2]
日本の旗 日本 大分県
死没 2016年1月25日[3]
国籍 日本の旗 日本
出身校 大分県立別府鶴見丘高等学校
職業 竹細工職人、著作家
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鬼塚 英昭(おにづか ひであき、1938年昭和13年〉[2] - 2016年平成28年〉1月25日[3])は、日本の著作家、竹細工職人、郷土史家。

家業の傍ら、自費出版で歴史書などの執筆を始める。菊タブーや国際金融、国際情勢分野を執筆し、タブーに切り込むことを好むノンフィクション作家として知られる[3][4][5]

大分県別府市生まれ[3]大分県立別府鶴見丘高等学校卒業[4]。別府鶴見丘高校は地元名門校として知られ、同校出身の著名人の一人としても名前が挙がる[4]

卒後は、上京して中央大学法学部に入学する。働きながら大学で学んでいたが学費が払えず中退。故郷の別府にて家業の竹細工職人となる[4][2]。作家デビューは遅く、2002年になってからであった[3]。最初は自費出版であったが、執筆のスピードが速く、しかも著書の多くが上下巻分冊の大作であった[3]

一方の竹細工でも、別府市内でギャラリーで個展を開催するなどしている[6]。竹の技を絵に生かした珍しい作風であったとされる[6]。竹細工の分野でも「豊の国の竹の文化史」という著書を出版している[7]。著書は、大分県内の合計170人もの細工職人や業界関係者に取材を行って纏め上げられ、竹細工や竹宵の祭りなど「大分県民」と「竹」の歴史的関わり合いを紹介したもので[7]、ここでも「現代の竹細工の源流をたどれば、この箕作りの世界に行き着く」との分析を記した[7]。2004年には別府市実相寺に居住していた[6]

2016年1月25日胃癌で死去[3][8]。78歳没。

作風・評価

著書

脚注

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