鬼塚英昭
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大分県別府市生まれ[3]。大分県立別府鶴見丘高等学校卒業[4]。別府鶴見丘高校は地元名門校として知られ、同校出身の著名人の一人としても名前が挙がる[4]。
卒後は、上京して中央大学法学部に入学する。働きながら大学で学んでいたが学費が払えず中退。故郷の別府にて家業の竹細工職人となる[4][2]。作家デビューは遅く、2002年になってからであった[3]。最初は自費出版であったが、執筆のスピードが速く、しかも著書の多くが上下巻分冊の大作であった[3]。
一方の竹細工でも、別府市内でギャラリーで個展を開催するなどしている[6]。竹の技を絵に生かした珍しい作風であったとされる[6]。竹細工の分野でも「豊の国の竹の文化史」という著書を出版している[7]。著書は、大分県内の合計170人もの細工職人や業界関係者に取材を行って纏め上げられ、竹細工や竹宵の祭りなど「大分県民」と「竹」の歴史的関わり合いを紹介したもので[7]、ここでも「現代の竹細工の源流をたどれば、この箕作りの世界に行き着く」との分析を記した[7]。2004年には別府市実相寺に居住していた[6]。