鬼生田貞雄

From Wikipedia, the free encyclopedia

鬼生田 貞雄(おにうだ さだお、1909年明治42年〉7月15日 - 1966年昭和41年〉12月20日)は、日本小説家。本名は貞淳。日本における実存主義の紹介に早期に触れ、シベリア抑留体験者としての戦後体験や、福島県の風土を、独特の実存主義的作風で書いた[1]

福島県三春町出身。明治大学卒業後、昭和13年、藤口透吾、内田生枝らとともに「一八会」を結成、同人雑誌「文学部落」を刊行していたとされる。一八会にはのちに芝木好子大原富枝が参加していた。昭和13年「文藝首都」同人となる。

下谷区役所、健康保険協会出版部、実業之日本社に勤務し、昭和20年、赤羽部隊に入隊。抑留体験を経て昭和23年4月に帰国後、実業之日本社勤務に戻り雑誌「ホープ」編集長を務める。昭和27年の退社と同時期に石上玄一郎、杉浦みちを、勝又茂幸らとともに同人雑誌「現象」を刊行。発刊当初の発行者は古賀孝之であったが鬼生田貞雄が「現象」の実質的な主幹であったとされる。

『アナタハン』(丸山通郎名義)、6ケ国語に翻訳されるベストセラーとなった『グアム島』(伊藤正名義)[2]、『愛の交響楽 - シューベルト物語』(生田貞雄名義での翻訳)など数多くのゴーストライターとしての著作と筆名があり、現在となってはそれらの著作の全てを追跡することは困難である。

昭和30年「衆目」が直木賞候補となる。

歿後、一周忌の折に二見書房と親族によって『黒い羊』が刊行。七周忌には『魂煙』が刊行された。

著作リスト

  • 『アナタハン』丸山通郎名義、東和社、1951年
  • 『基地九十九里』東和社、1953年
  • 『創業の商傑 今日に生きる商魂』実業之日本社、1958年
  • 『グアム島 - 十六年の記録』伊藤正名義、二見書房、1960年
  • 『ほのかな愛の物語』秋元書房、1961年
  • 『涙ぽろんと』秋元書房、1965年
  • 『黒い羊』二見書房、1967年
  • 『魂煙』二見書房、1972年

翻訳

関連項目

脚注

Related Articles

Wikiwand AI