鬼生田貞雄
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福島県三春町出身。明治大学卒業後、昭和13年、藤口透吾、内田生枝らとともに「一八会」を結成、同人雑誌「文学部落」を刊行していたとされる。一八会にはのちに芝木好子、大原富枝が参加していた。昭和13年「文藝首都」同人となる。
下谷区役所、健康保険協会出版部、実業之日本社に勤務し、昭和20年、赤羽部隊に入隊。抑留体験を経て昭和23年4月に帰国後、実業之日本社勤務に戻り雑誌「ホープ」編集長を務める。昭和27年の退社と同時期に石上玄一郎、杉浦みちを、勝又茂幸らとともに同人雑誌「現象」を刊行。発刊当初の発行者は古賀孝之であったが鬼生田貞雄が「現象」の実質的な主幹であったとされる。
『アナタハン』(丸山通郎名義)、6ケ国語に翻訳されるベストセラーとなった『グアム島』(伊藤正名義)[2]、『愛の交響楽 - シューベルト物語』(生田貞雄名義での翻訳)など数多くのゴーストライターとしての著作と筆名があり、現在となってはそれらの著作の全てを追跡することは困難である。
昭和30年「衆目」が直木賞候補となる。
歿後、一周忌の折に二見書房と親族によって『黒い羊』が刊行。七周忌には『魂煙』が刊行された。