鳥図明児
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子供時代は家の庭や近くの山々で双子の妹と2人で遊んでいた。おもちゃなどは全く与えられず、望みもしなかった。花を摘んでは祖母に叱られ、山で行方不明になっては両親を心配させる子供時代だったという[3]。
高校の時、月刊少女漫画誌を購入して読むようになり、『別冊少女コミック』で萩尾望都の「ポーの一族」シリーズの「ペニー・レイン」を見つけ、パニック状態になったのが、最初の強烈な漫画体験であったという。漫画を描き始めたのは、奈良女子大学2回生の時に、新書館刊行の「あなたのファンタジィ2・デリカシィ・ココア・タイム フォアレディース101」(萩尾望都・寺山修司編)に投稿し、「鏡に朝がやってきたとき」が掲載されたのがきっかけ[3]。1980年、「銀想世界で」(『奇想天外』11月号)でデビュー。主に新書館『grape fruit』で作品を発表した。
1987年、インドのゴア出身の夫と結婚[4]。翌年2月、長男を出産[5]。1996年、夫妻で漫画つきの英会話本「英会話趣味レーション」を出版した。
人物
ペンネームの由来は、母方の祖父を「ととじいちゃん」と呼んでいたことから。姓名ともに、バランスの良い字をあてたとのこと[8]。
絵を描くということは、表現、あるいは高貴なるものの直観であると述べている。好きな画家や絵はオディロン・ルドンやテオドール・ルソー、エドマンド・デュラックの色使い、横山大観の「生々流転」など。作品を描く際に使用する資料は、写真集など視覚的情報に溢れた本を手当たり次第に無目的に眺めており、一方で、神話の資料をあさったり調べたりというのは苦手。奈良に住んでいたので仏像は好きである。異形の生物のイメージは右脳から生じるものらしい。たいていの植物は好きであり、暗い森の中も光の野辺も緑のある部屋もお気に入りである[3]。
数学に関心があり、日常生活で数字を使っているところが興味深いという[3]。佐藤史生の語るところによると、手紙の中にも数式が書いてあり、ノーマン・ケーガンのSF小説のようだったという。さらに彼女の言によると、喫茶店でしゃべっている最中でも常に鉛筆が動いており、同様のエネルギーを感じたのは萩尾望都以来だという[9]。
宇宙人は存在すると信じており、会ってみたいとも。人間は自然の理に従って生じ、滅する生命体であると主張しており、星占いなどはあまり信じたくはないが、星と地球上の人間とは全く無関係ではない、と思っている[3]。