鳥居正一郎
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東京都生まれだが、姉の天津乙女が宝塚歌劇団に入団した関係で一家で兵庫県宝塚市へ移住した。旧制浪速高等学校を経て、1936年に京都帝国大学法学部を卒業し、同年に阪神急行電鉄に入社し[2]、1年間は車掌や運転士を務めた。現業部門から離れてからは同社百貨店部で勤務していた。
1947年に分社化に伴い、阪急百貨店に転じた[2]。1962年5月に取締役に就任し、1969年5月に常務、1973年5月に専務、1979年6月に副社長を経て、1981年6月に社長に就任した[2]。前任の野田孝から健康と人柄とを見込まれてのものであった。社長在任時には梅田本店の大改装、阪急イングス(現在のABC-MART梅田ビル)や有楽町(現在の阪急メンズ東京)への出店などを行った[3]。積極投資の姿勢から攻撃的な人物とみる向きもあったものの、あくまで社員とのチームプレイであると本人は否定した。1983年、本店近くへの大丸梅田店出店に関しても梅田商圏の拡大になるとして歓迎していた。同時期にセゾングループやダイエーなどを中心に行われた流通業界再編成についても阪急百貨店は参加しないと述べ、無借金経営などを背景に堅実姿勢を主張した[1]。