鳥羽の火祭り
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祭りの起源は定かではないが、約1200年前の大同年間(806年 - 810年)に始まったとされる[1][2]。
長いあいだ、旧暦の1月7日に行われていたが、1970年から2月の第2日曜日に行われるようになった[1]。
2004年2月16日、国の重要無形民俗文化財に指定された[3]。
祭りでは鳥羽神明社の西を流れる水路(宮西川)を境に鳥羽地区を東西に分け、西を「福地(ふくじ)」、東を「乾地(かんじ)」と呼ぶ。それぞれの地区から1人ずつ選ばれた原則25歳の厄年の男性「神男(しんおとこ)」が、祭りの中心を務める[1]。前年の神男は「添え棒」といい、その年の神男を補佐し、指導する[1]。
本番当日の朝、神男は身を清めるため、氷水でみそぎを行う。さらに午後、神男と他の奉仕者はふんどし姿で三河湾に入り、みそぎを行う[4]。
祭りのシンボルは「すずみ」と呼ばれる5メートルの造形物で、2基つくられる。すずみを1基つくるにはススキが2トン、青竹が60本必要とされる。すずみを突き刺す「ゆすり棒」は松の木からつくられる[4]。「すずみ」2基に火がつけられ、神男と、かぶる頭巾の形から「ネコ」と呼ばれる奉仕者が「すずみ」の中に飛び込んで神木と十二縄を競って取り出す[5]。その勝敗により、その年の天候と豊凶や作物の出来具合を占う[2]。
西尾市立一色学びの館には鳥羽の火祭りに関する常設展示がある。