鶴賀新内

From Wikipedia, the free encyclopedia

鶴賀 新内(つるが しんない)は、新内節の太夫の名跡

延享4年(1747年) - 文化7年7月4日1810年8月3日))

初代鶴賀若狭掾の高弟で弟子だった鶴賀斎の弟で生まれつき目が不自由であったとされる。初代加賀歳、若歳名乗った後に新内の名を相続。

「藤蔓恋の柵」「二世の環襷」等を作曲。

2代目

生没年不詳)初代(先代)同様に目が不自由であった。通称を彦次郎(のちに吉右衛門)。

初代の門弟で2代目加賀歳、1814年に2代目新内を襲名。後に豊名賀薗太夫や鶴賀出雲掾、津留賀文彌等を名乗る。

1827年以降消息不明。

4代目

文政9年(1826年) - 明治16年(1883年1月26日

江戸の生まれ、3代目新内、2代目鶴吉の実子。初名を貞之助。1855年に母没後3代目鶴吉を襲名。鶴賀若狭太夫を襲名。1868年に4代目新内を襲名。通称を庄兵衛。

妹が4代目鶴吉

実子は2代目若狭太夫(新内を襲名することなく失踪。)

5代目

6代目

7代目

Related Articles

Wikiwand AI