鷲見城

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鷲見城(すみじょう[1])は、岐阜県郡上市高鷲町大鷲にあった日本の城山城)。

1160年頃に鷲見頼保によって築城される。鷲見家保承久の乱(1221年)で鎌倉幕府軍に従い、その恩賞として鷲見郷の地頭職を与えられ、領地を広げる。

建武2年(1335年)鷲見忠保足利尊氏の挙兵に協力して戦功を挙げ勢力を拡大。 鷲見保重には土岐氏に従って各地を転戦し領地を大きく広げた。保重は鷲見城を弟の鷲見保兼に譲り自らは北野城を築いて居城を移した[2]

戦国時代では東氏によって勢力が衰退し、東氏の一族である遠藤氏の家臣となり、慶長5年(1600年)関ヶ原合戦後に役割を終え廃城となった。

現在

主郭石積み土塁堀切虎口西の郭東の郭曲輪[3]。 碑、説明板が城跡内に多数設置されている。水の手の井戸(湧水)もある。 鷲見川切立川に囲まれた掘の地形になっている。 麓に鷲見氏居館跡が保存されている。鷲見神社も城内にある[4]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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