鷹射城
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80×40メートルの範囲内に、郭などが残されている。尾根頂部を占める25×25メートルの主郭は、四方に緩傾斜する不整地な郭で、内部を小段によって数区画に分けている。この南側には浅い横堀状の溝が約30メートルにわたって掘りこまれ、また尾根続きとなる南東部には幅約5メートル、深さ約0.7メートルの二重堀切が施工されている。さらに北川に下る尾根上にも、堀切状の浅い溝が認められるが、概して不鮮明な構造となっている。[1]

【写真提供:甘粕健(たけし)氏】
性格
低い切崖や浅い横堀および未発達な二重堀切の施工などから、南北朝時代の城郭と推測される。[1]
