鷹射城

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別名 鷹射山城
城郭構造 山城
築城主 不明
築城年 南北朝時代?
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鷹射城
新潟県
別名 鷹射山城
城郭構造 山城
築城主 不明
築城年 南北朝時代?
主な城主 甘粕氏甘粕長重(景持)
森氏(上杉景虎方)
廃城年 不明
遺構 曲輪、堀切
指定文化財 なし
位置 北緯37度25分50.0秒 東経138度44分03.4秒 / 北緯37.430556度 東経138.734278度 / 37.430556; 138.734278
鷹射城の位置(新潟県内)
鷹射城
鷹射城
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鷹射城(たかいじょう)は、新潟県長岡市大積町一丁目の東方の約600メートル、黒川の河谷を見下ろす八石丘陵の尾根上(標高145メートル)の山林中にある城砦跡[1]

80×40メートルの範囲内に、郭などが残されている。尾根頂部を占める25×25メートルの主郭は、四方に緩傾斜する不整地な郭で、内部を小段によって数区画に分けている。この南側には浅い横堀状の溝が約30メートルにわたって掘りこまれ、また尾根続きとなる南東部には幅約5メートル、深さ約0.7メートルの二重堀切が施工されている。さらに北川に下る尾根上にも、堀切状の浅い溝が認められるが、概して不鮮明な構造となっている。[1]

鷹射城(見取図)(クリックして拡大)
【写真提供:甘粕健(たけし)氏】

性格

低い切崖や浅い横堀および未発達な二重堀切の施工などから、南北朝時代の城郭と推測される。[1]

城歴

[2] 鷹射城は、上杉被官甘粕氏の所領であり、越後中・下郡への最前線への門戸守備にあたったと伝えられている。但し、御館の乱の時代は、森氏が城主であったという[3]

脚注

参考文献

関連項目

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