黄弼周
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1947年に警備士官学校を3期生で卒業[3]後、主に軍需方面で軍歴を重ねた。朝鮮戦争開戦時は第6師団(長:金鍾五大領)軍需参謀(少領)。朴正煕がクーデター計画が露見した際、一時的にかくまったことがあったとされる[4]。予備役編入後、多額の債権を抱えていたいわゆる「不実企業」の一つであった大成木材工業社長に発令され、経営の立て直しをはかる。ただし、政界とのパイプ役以上の役割はないと評された[5]。日本の外務省が韓国の民間団体に委託した報告書によれば、政治的圧力で多額の融資を要求し、従わない銀行長を辞任に追いやったため、「銀行長殺しの大成木材」と評されたという[6]。
同社会長退任後は大韓火災社長。