黒いオーケストラ
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1933年のヒトラー内閣成立以降、政財界や国防軍にもナチ党の支持者が増加し、ヒトラーの独裁体制を支えていた。しかし、ルートヴィヒ・ベック上級大将を始めとする、プロイセン王国陸軍以来の伝統を重視する陸軍の一部将校はヒトラーの戦争計画に対して批判的であった。またヒトラーやナチズムに傾倒している国防軍最高司令部総長ヴィルヘルム・カイテル元帥や親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラー、国家元帥ヘルマン・ゲーリングに対しても同様に反感を持っていた。しかし、ヒトラー暗殺を実行することとなる陸軍将校らはあくまでヒトラーの戦争計画に反対したのであって、反ユダヤ主義やナチズムには必ずしも反対したわけではない。
1938年のズデーテン危機以降、ヒトラーが冒険的な対外政策を強めると、彼らはヒトラーを排除して新政府の樹立を考えるようになった。以降、たびたび彼らはヒトラーの暗殺を計画するがその全ては未遂・失敗に終わった。
一方、ゲシュタポなど当局側も、ヒトラー政権に対する何らかの抵抗運動がいずれ起こり得る事、大戦勃発後にはそれらの抵抗運動を撲滅する必要が生じる事を確信し、監視の目を光らせていた。1941年には反ナチ・反ヒトラーグループの存在を察知し、捜査を開始するようになった。
1944年7月20日、総統大本営「ヴォルフスシャンツェ」においてヒトラーを爆殺し、クーデターを起こして政権を掌握する計画が実行された。しかし、ヒトラーは奇跡的に軽傷で済み、クーデターは失敗に終わった。メンバーは次々に捕らえられ、その大部分はローラント・フライスラーの主宰する人民法廷で死刑宣告を受けて処刑され、組織は壊滅した。
戦後になると彼らは反ナチ運動の英雄として顕彰され、ドイツ国内にはメンバーの名前をとった施設などが数多く存在する。
