足尾から三・四里(12キロ-16キロ)のところに黒坂石という部落が存在していた。彼らは落武者の子孫と称しており、狩猟を生業としていた[1][2]。部落で飼育されていた黒坂石犬は古来から名系として評判であった[2]。猟犬は選定に選定を重ねた良質な犬を置き、それは町の人がオオカミが出ると言われた山や谷を越えてまで黒坂石から犬を連れてくるほどであった[1]。
しかしながら足尾銅山の開発により獣が減少してため、日清戦争前後には絶えたとされる[1][2]。これに変わって柴犬が飼われるようになり、明治末年に黒坂石犬と呼ばれていたのは柴犬であった[2]。