黒川征一

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生年月日 (1947-07-24) 1947年7月24日(78歳)
前職 徳島県議会議員
黒川 征一
くろかわ せいいち
生年月日 (1947-07-24) 1947年7月24日(78歳)
出生地 日本の旗 日本 徳島県三好郡三縄村
(現・三好市
出身校 近畿大学法学部法律学科
法政大学文学部地理学科
前職 徳島県議会議員
所属政党 無所属
公式サイト 三好市長 黒川征一 (くろかわ せいいち)
第2代 三好市長
当選回数 2回
在任期間 2013年7月24日 - 2021年7月23日
選挙区 (三好選挙区→)
三好第一選挙区
当選回数 4回
在任期間 1999年4月30日 - 2013年7月14日[1]
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黒川 征一(くろかわ せいいち、1947年昭和22年)7月24日[2] - )は、日本政治家、労働運動家。元徳島県三好市長(2期)、元徳島県議会議員(4期)。

2013年三好市長選挙

1947年7月24日、徳島県三好郡三縄村松尾で、農家の黒川村一・アキヱの三男に生まれる[3]。池田町立出合小学校・中学校、徳島県立池田高等学校を卒業[4]。貧困のため大学進学を諦め就職[3]

1966年から徳島西部交通、美馬郵便局、池田石油、神戸製鋼所などを遍歴した。1968年から池田町役場に勤務[3]。役場に通いながら通信教育を受け、1973年3月に近畿大学法学部法律学科を卒業。1987年3月に法政大学文学部地理学科を卒業[3][5]

1991年から介護保険講師として講演活動も行っている[4]。徳島地方自治研究所理事、池田町地方自治研究所所長、全労済連合会役員なども歴任[4]

役場勤務の傍ら、日本社会主義青年同盟日本社会党に参加し、全日本自治団体労働組合(自治労)の専従役員なども務めた[3]。1987年の自治労第52回大会で自治労中央執行委員(組織局次長、全国消防職員議会事務局長)に就任[3]。1990年から1998年まで同全国町村評議会議長も務めた[4]。1999年に役場を退職、徳島県議会議員選挙三好選挙区に出馬し当選[3][4]。同議会議員に計4回当選し[4]、会派新風・民主クラブ会長を務めた[6]

2013年6月3日、三好市長の俵徹太郎が健康上の理由により辞職する意向を表明。俵の交流拠点施設計画に対し反対を強く主張し7月21日に行われた市長選挙に立候補。建設派で元副市長の武川修士(自民党推薦)ら2候補を破り初当選した[7]。7月24日、市長就任[8]。 ※当日有権者数:25,594人 最終投票率:75.13%(前回比:pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
黒川征一65無所属9,555票50.35%
武川修士63無所属9,259票48.79%(推薦)自由民主党
喜志久62無所属164票0.86%

2017年三好市長選挙

2017年7月9日に行われた市長選は元市議の仁尾健治との一騎打ちとなった。三好市役所の現庁舎を耐震改修して新庁舎と併用する計画を進める黒川に対し、仁尾は現庁舎を解体して分庁舎を建て、新庁舎に多目的ホールを合築しないよう訴えたが[9]、黒川が再選した。 ※当日有権者数:23,937人 最終投票率:63.05%(前回比:-12.08pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
黒川征一69無所属7,962票53.94%
仁尾健治68無所属6,798票46.06%

2021年5月2日、高井美穂県議が任期満了に伴う三好市長選挙(7月11日執行)に立候補する意向であることが報道により明らかとなる[10]。5月13日、黒川は市役所で記者会見し、3選不出馬を表明した。また、後継指名をしない方針であると述べた[11]

政策・人物

  • 1974年に加茂愛育園の保育士・大谷勝子と結婚[3]。間に長男が一人いる[4]
  • 2020年5月10日、「三好ジオパーク構想推進協議会」の会長に就任。日本ジオパーク委員会の「日本ジオパーク」の認定を目指す[12]
  • 2020年度に、職員用として、若手職員がデザインしたトートバッグ880枚を作った。費用は約50万円で、祖谷渓の小便小僧のシルエットがプリントされている。2021年3月から希望する職員ら約700人に配ったところ、市内外の出張や研修の移動時に使っているのを見た市民の目に留まり、評判になった。これを受けて市は、高井美穂市政に移行したのち、価格千円で一般販売を始めた[13]
  • 2021年1月4日、三好市の魅力を発信するウェブサイト『まるごと三好観光ポータルメディア』を立ち上げた[14][15]

不祥事

脚注

外部リンク

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