黒田三郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 黒田 三郎(くろだ さぶろう、1919年(大正8年)2月26日 - 1980年(昭和55年)1月8日)は、日本の詩人。 東大経済学部卒。戦後の『智恵子抄』とも言える恋愛詩集『ひとりの女に』(1954年)と、妻の入院中、父娘2人の生活をうたった絶唱『小さなユリと』(1960年)で現代詩を誰にもわかる平明なものにした。ほかに『時代の囚人』(1965年)など。 広島県呉市出身。呉海兵団の副団長であった父・勇吉(海軍兵学校第21期)の退役に伴い、3歳からは、父の故郷・鹿児島で育つ。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制) 、第七高等学校造士館 (旧制) を経て東京大学経済学部卒業。戦時中、会社から派遣されたり現地召集で南洋の島々で過ごした。戦後はNHKに入局し、1947年、詩誌「荒地」創刊に参加し、詩や評論を発表する。北園克衛の詩誌『VOU』に参加。[1] 結核の闘病を続けながら、市民の生活に根ざした感情を平明な言葉で描いた。昭和30年(1955年)には最初の詩集『ひとりの女に』でH氏賞を受賞。1969年にNHKを退職後は、文筆活動に専念する。詩集には、長女のユリとの日常生活をつづる詩集「小さなユリと」、『失はれた墓碑銘』『もっと高く』など、評論集『内部と外部の世界』などがある。 1975年から詩人会議運営委員長をつとめた。1980年1月8日、下咽頭癌のため東京女子医科大学病院で死去[2]。 詩作品はしばしば楽曲化され、クラシックやフォーク系の作曲家によって曲が付けられ、音源化もされている。一例として、赤い鳥(後藤悦治郎)「紙風船」、高田渡「夕暮れ」、小室等「苦業」など。 作品 ひとりの女に 昭森社, 1954 失はれた墓碑銘 昭森社, 1955 渇いた心 昭森社, 1957 内部と外部の世界 評論集 昭森社, 1957 黒田三郎詩集 ユリイカ, 1958 (今日の詩人双書) 小さなユリと 昭森社, 1960 現代詩入門 思潮社, 1961 もっと高く 思潮社, 1964 時代の囚人 昭森社, 1965 黒田三郎詩集 思潮社, 1968 (現代詩文庫) ある日ある時 昭森社, 1968 詩の作り方 明治書院, 1969 黒田三郎詩集 昭森社, 1970 詩の味わい方 明治書院, 1973 (味わい方叢書) 悲歌 昭森社, 1976 黒田三郎詩集 昭森社, 1976 死と死のあいだ 花神社, 1979 死後の世界 昭森社, 1979 新選黒田三郎詩集 思潮社, 1979 (新選現代詩文庫) 赤裸々にかたる 詩人の半生 新日本出版社, 1979 流血 思潮社, 1980 黒田三郎日記 戦後篇 1-2 思潮社, 1980-1981 黒田三郎日記 戦中篇 1-4 思潮社, 1981 黒田三郎著作集 1-3 思潮社, 1989 脚注 『鹿児島大百科事典』(1981年 南日本新聞社)「黒田三郎」 ↑ 日本大百科全書(ニッポニカ),世界大百科事典内言及. “VOU(ばう)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年4月3日閲覧。 ↑ 大塚英良『文学者掃苔録図書館』(原書房、2015年)90頁 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFFASTWorldCat国立図書館ドイツアメリカ日本韓国イスラエル学術データベースCiNii BooksCiNii Researchその他IdRef この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 Related Articles