富山商業高校ではインターハイに3年連続で出場し、信州大学でも2000年の国体に出場[1]。大学では長野オリンピックスピードスケート日本代表コーチも務めた結城匡啓講師(当時、現教授)のゼミに参加[1]。NPO法人に興味を示す。
卒業後に帰郷し、砺波市の酒造会社に勤務する傍ら、富山グラウジーズに入団[1]。選手活動とも並行してバスケ教室を開き、2005年にはNPO法人に認定された[1]。選手としても主将を務め[1]オールジャパンに出場した。
2006年、グラウジーズのbjリーグ参加によりプロ契約。
2007年現役引退[2]。
2008年、ゼネラルマネージャーに就任。
2009年、社長に就任。