秋田県出身。秋田県立横手高等学校[1]、慶應義塾大学法学部卒業後、当時の羽後銀行に入行。
組合の委員長を務めたほか、企画担当を長らく務めた。
1994年(平成6年)11月、入院した鈴木辰雄頭取の職務代行者として、新たに代表取締役専務となり執務にあたっていたが、鈴木頭取の銀行葬の翌日開催された臨時取締役会において頭取に昇格した[2]。
頭取在任中は、秋田あけぼの銀行との合併後の統合作業が一巡した後であったため、新サービスの展開や合理化推進などに力を入れてきたが、行員の不祥事から金融庁より業務改善命令を受けたことと、2期連続の赤字の計上となったため組織としての責任を明確にすべく、任期途中ではあるが取締役相談役に退いた。