龍海院 (前橋市)

群馬県前橋市にある寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

龍海院(りゅうかいいん)は、群馬県前橋市紅雲町にある曹洞宗寺院。山号は大珠山(だいじゅざん)。寺号は是字寺(ぜじじ)。本尊は釈迦如来[1][2]前橋姫路藩酒井雅楽頭家菩提寺として知られる。

位置 北緯36度23分10秒 東経139度3分49秒
山号 大珠山
院号 龍海院
概要 龍海院, 所在地 ...
龍海院
所在地 群馬県前橋市紅雲町2-8-15
位置 北緯36度23分10秒 東経139度3分49秒
山号 大珠山
院号 龍海院
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦如来
創建年 享禄3年(1530年
開山 模外惟俊
開基 松平清康
正式名 大珠山 龍海院 是字寺
文化財 前橋藩主酒井氏歴代墓地、下村善太郎の墓(市史跡)
公式サイト 曹洞宗 大珠山是字寺 龍海院
法人番号 2070005000210 ウィキデータを編集
龍海院の位置(群馬県内)
龍海院
龍海院
龍海院 (群馬県)
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歴史

岡崎時代

享禄3年(1530年)、松平清康徳川家康の祖父)の開基で創建された。ある日、清康は左手に「是」の字を握る夢を見た。この夢の意味を龍渓院住職の模外惟俊に問うたところ、「『是』は『日下人』に分けることができ、これを握るということは天下統一を果たす天下人になるという意味になる。清康様が果たせなくても孫の代までには実現する。」と答えた。これを聞いた清康は大いに喜び、居城の岡崎城下に模外惟俊を開山とする寺を創建した。当時の松平氏菩提寺として大樹寺が既に存在していたので、家臣の酒井正親に管理を任せ酒井氏の菩提寺となった[3][4][5][6]

前橋時代

その後の酒井氏の転封に合わせて慶長6年(1601年)に前橋藩に移転した。しかし、寛延2年(1749年)の姫路藩転封に際しては、当地に留まった[1][4]。それでも姫路藩の藩主となった酒井氏の菩提寺であり続け、明治以前に死去した酒井忠顕まで当寺に葬られている。

境内

現在の伽藍は文政年間(1818年 - 1829年)の整備とみられる。

  • 本堂 - 文政12年(1829年)竣工[1]
  • 御霊屋 - 文政10年(1827年)竣工[1]
  • 山門 - 天保11年(1840年)竣工[1]
  • 墓地 - 酒井氏歴代当主の墓、前橋市初代市長を務めた下村善太郎の墓がある[7][4]

文化財

前橋市指定史跡

  • 前橋藩主酒井氏歴代墓地 - 昭和39年12月22日指定[8]
  • 下村善太郎の墓 - 昭和49年8月26日指定[8]

交通アクセス

周辺

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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