龍澤寺 (あわら市)
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位置
北緯36度11分47秒 東経136度15分41.4秒 / 北緯36.19639度 東経136.261500度座標: 北緯36度11分47秒 東経136度15分41.4秒 / 北緯36.19639度 東経136.261500度
山号
平田山
宗旨
曹洞宗
| 龍澤寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 福井県あわら市御簾尾10-12 |
| 位置 | 北緯36度11分47秒 東経136度15分41.4秒 / 北緯36.19639度 東経136.261500度座標: 北緯36度11分47秒 東経136度15分41.4秒 / 北緯36.19639度 東経136.261500度 |
| 山号 | 平田山 |
| 宗旨 | 曹洞宗 |
| 宗派 | 曹洞宗総持寺派 |
| 本尊 | 土仏観世音菩薩 |
| 創建年 | 永徳2年(1382年) |
| 開山 | 梅山聞本禅師 |
| 文化財 | 龍澤寺文書、龍澤寺縁起絵伝など |
| 法人番号 | 4210005004137 |
永徳2年(1382年)に一帯を支配していた小布施義氏が梅山聞本禅師を迎えて創立。梅山聞本は本尊に土仏観世音菩薩を安置した[1]。
梅山聞本は龍澤寺を曹洞宗総持寺派の北陸の根本道場とし、各地から多くの修行僧が集まった[2]。近世初期には越前に竜雲寺(あわら市)など末寺八か寺を有し、加えて尾張・三河・遠江・越後に数多くの末寺・孫末寺を有していた[3]。江戸時代には越前三十三か所観音の第九番札所となっていた[2]。
朝倉氏の保護を受け栄えたが、天正3年(1575年)、織田信長の一向一揆討伐の際に門前村もろとも焼失した[4]。その後、柴田勝家の命を受けて復興される[5]。
梅山聞本の忌日に因み毎年9月6日、7日には開山忌が催され、本尊の開帳が行なわれる。