戦国期には龍角寺郷として見える。江戸期は龍角寺村であり、はじめは佐倉藩領、享保8年から淀藩領に所属していた。村高は「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに521石余。なお「旧高旧領」には龍角寺領20石が見える。[5]
龍ケ崎市の地名の由来は諸説あるが、沼の主である龍が女に化けて現れ、雨を降らせ大雨が降り人々は助かったが、七日後、巨大な龍の体が三つに裂け、天から降ってきた。頭部・胴体・尾それぞれが落ちた場所にその後、「龍角寺」(千葉県印旛郡栄町)、「竜腹寺」(千葉県印西市)、「龍尾寺」(千葉県匝瑳市)が建てられたとされる[6]。
- 1875年(明治6年) - 千葉県に所属。
- 1878年(明治11年) - 下埴生郡に所属。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行し安食村、北辺田村、龍角寺村、酒直村、矢口村、須賀村、麻生村の7村と安食卜杭新田飛地が合併。下埴生郡境村が発足。境村大字龍角寺になる。
- 1892年(明治25年)12月28日 - 境村が安食町(あじきまち)に町制施行改称。安食町大字龍角寺になる。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 下埴生郡が印旛郡に編入され安食町が印旛郡の所属となる。
- 1955年(昭和30年)12月1日 - 布鎌村、安食町が合併し栄町が発足。栄町龍角寺になる。