はくばく
山梨県に本社を置く食品メーカー
From Wikipedia, the free encyclopedia
沿革
1941年(昭和16年)に長澤重太郎(ながさわ じゅうたろう、1912年(明治45年/大正元年) - 1981年(昭和56年)[3])によって峡南精米株式会社(きょうなんせいまい‐)として設立[4]。翌1942年(昭和17年)に戦時統制による食糧管理法が執行され、米が国管理に移行したことから精米事業を分離し、峡南精麦株式会社(きょうなんせいばく‐)に改称[4]。また、重太郎も徴兵され[5]、会社は休眠状態となる。
終戦後に重太郎が復員して事業を再開、1952年(昭和27年)に小学校の給食でパンの提供が始まったことを受けて小麦粉製造を始め、同時に峡南精麦製粉株式会社(きょうなんせいばくせいふん‐)に変更。業務用の中力粉として「青柳」(あおやぎ)を発売。また、1953年(昭和28年)には大麦を食べやすく半分に切り黒い筋をなくす切断機の開発に成功し[5]、それを基に製麦された「白麦米」(はくばくまい)を発売[6]。この製品が大ヒットし、知名度が向上したことから1957年(昭和32年)に白麦米株式会社(はくばくまい‐)に改称した。また、同年に大阪工場を建設している[注 1]。
1960年代にはラーメンや麦茶の製造を開始。この間も本社工場や大阪工場に投資を行ない、1975年(昭和50年)には乾麺製造拠点として南湖工場を、1977年(昭和52年)には東京方面への営業拠点として杉並区荻窪に東京営業所を、1980年(昭和55年)には本社社屋を建設するなど拡張路線を進めていく[4]。1981年(昭和56年)に重太郎が逝去したことから2代目社長として息子の長澤利久(ながさわ としひさ、1938年(昭和13年)-2024年(令和6年)[7])が就任。1986年(昭和61年)にはCIを導入してはくばくの愛称が付けられた[4]。1990年(平成2年)に黒条線選別機の開発に成功し、選別された麦にカルシウムを添加した「骨太家族」(ほねぶとかぞく)を発売し、主力商品となる。1992年(平成4年)に現社名の株式会社はくばくに変更。1994年(平成6年)には「骨太家族」用の製造専門工場が建設される[4]。
1995年(平成7年)に食糧管理法が廃止されるとはくばくも打撃を受け[注 2][8]、路線転換を迫られる中得意先から「スティック状の商品を作れないか」との依頼を受けて多彩な穀物を入れた「十六穀シリーズ」を開発。当初は社内でも懐疑的だったが、2008年(平成20年)頃から他社でも類似商品を扱うようになり、健康ブームに乗って成功を収めた[8]。
1998年(平成10年)にはオーストラリアのみで栽培されているロゼラ種小麦に注目し、現地に工場を建設[4][9]。2003年(平成15年)に利久に代わり3代目社長として長澤重俊(ながさわ しげとし、1966年(昭和41年)5月5日 - [10])が就任。2006年(平成18年)にはこれまでのハート型から五穀をイメージしたものに変更した。2012年(平成24年)に東京営業所を中央区箱崎に移転のうえ東京本社に昇格させ、営業拠点を山梨から東京へ移転する(会社登記および製造拠点は山梨のまま)。
2015年(平成27年)に中央市にあったパイオニア系列のプラズマパネル拠点だったパイオニア・ディスプレイ・プロダクツ山梨工場(2009年3月閉鎖)[11]の建物を取得し、山梨本社を移転(それまでの山梨本社は本店に移行)[4]。2019年(平成31年)2月にキユーピー系列の富士吉田キユーピー株式会社株式49%を取得[12]。2020年(令和2年)に東京本社を箱崎から江東区木場に再移転[13]、2021年(令和3年)には富士吉田キユーピーから株式51%を取得し、富士吉田キユーピーを完全子会社化。同時に富士吉田キユーピーの商号を株式会社はくばく富士吉田へ変更した[14][15]。
商品
大麦・もち麦
- 骨太家族
- 沿革の通り1990年(平成2年)に黒条線選別機によって選別された米粒麦にカルシウムをコーディングしたもの[6]。カルシウム強化が叫ばれていた中で発売され、製造専門の工場ラインが建てられるほどヒット商品となった。2025年(令和7年)よりγ-アミノ酪酸(GABA)を添加した「骨太家族+GABA」を販売ている[16]
- もち麦
- ハダカムギのうち、粘り気の強い品種を精麦したものである。骨太家族と並ぶ主力商品の一つであり、公式サイトでは食べ方について紹介されている[17]。2024年(令和6年)より続く令和の米騒動では、高額になった米に代わりもち麦を混ぜて炊く人が増え、売上が4割増加したことが報じられている[18]。
- その他
- 麦飯製品として押麦や胚芽押麦、ビタミンを添加したビタバァレーを製造しており、小分けしたものやレトルト食品としても販売している。
- 業務用として「純麦」があり、「白麦米」に代わり学校給食の麦ごはん用として提供されている[6]。
雑穀
玄米・米
麺・粉
麦茶
その他
- 中央市へ本社移転する前の2010年頃まで南湖工場内に飼料事業部として家畜用飼料の製造もしていた。
事業所・工場・店舗一覧
事業所


工場
- 直系
- 中央工場(山梨県中央市):白麦、穀物ユニットを設置。
- 富士川工場(山梨県南巨摩郡富士川町):白麦、製粉ユニットを設置。
- 南湖工場(山梨県南アルプス市):乾麺、麦茶ユニットを設置。
- 甲西工場(山梨県南アルプス市):精米ユニットを設置。
- 関連企業運営
直営店
- hakubaku shop(山梨県中央市):山梨本社に隣接
- 南湖直売所(山梨県南アルプス市):南湖工場に隣接
関連企業
スポンサード・コラボレーション
スポーツ関連
- ヴァンフォーレ甲府
2001年(平成13年)よりJリーグ・ヴァンフォーレ甲府のスポンサードを行なっており、2007年(平成19年)から2008年(平成20年)の間は背中に移動したものの、それ以外は一貫して胸に掲載している。シーズンが終了すると山梨日日新聞へサポーターに対して感謝の広告を掲載するのが慣例となっている[19]。
かつては自社が運営するネット通販においても甲府が勝利した場合、得点差によって最大3割引のキャンペーンを行なっていた。
ビジネスジャンプの増刊号である「BJ魂」31号内で読切作品「ヴァンフォーレ甲府の奇跡・再生」(画:片山誠)が掲載され、ヴァンフォーレ甲府とはくばくとの関係が描かれている。
- FCふじざくら山梨
なでしこリーグ・FCふじざくら山梨にも2022年(令和4年)よりスポンサード(2022年はユニフォームのパンツ前面、2023年より同パンツ背面)を行なっている。
漫画・映画関連
- 漫画『包丁人味平』:1976年(昭和51年)に味平が描かれた即席和風麺「味平カレーうどん」を発売[6]。
- 映画『ゴジラvsキングギドラ』(1991年(平成3年)公開):当時発売していた「怪物製作所シリーズ」の商品が作中で登場するほか、怪物製作所シリーズCMでゴジラvsキングギドラのシーンが使われている。
- 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年(平成13年)公開):物語の舞台である1958年(昭和33年)当時の社名である「白麦米株式会社」と車外広告が書かれた路面電車が登場する。