はくばく

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略称 はくばく
本社所在地 日本の旗 日本
409-3843
山梨県中央市西花輪4629
本店所在地 400-0598
山梨県南巨摩郡富士川町最勝寺1351
株式会社はくばく
Hakubaku Co.,Ltd.
山梨本社兼中央工場
山梨本社兼中央工場
種類 株式会社
略称 はくばく
本社所在地 日本の旗 日本
409-3843
山梨県中央市西花輪4629
本店所在地 400-0598
山梨県南巨摩郡富士川町最勝寺1351
設立 1941年4月15日(峡南精米株式会社)
業種 食料品
法人番号 5090001012072 ウィキデータを編集
事業内容 食品製造および販売
代表者 代表取締役社長 長澤重俊
資本金 9,800万円
従業員数 420名
決算期 3月31日
主要子会社 (株)はくばく富士吉田 100%
外部リンク https://www.hakubaku.co.jp/
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株式会社はくばくは、山梨県に本社を置く食品メーカー。社名は「白麦」の意味で、大麦小麦玄米雑穀を中心とした穀物を加工した商品を幅広く展開している。

経済産業省によって2022、2023、2024年度に健康経営優良法人に認定されている[1][2]

1941年(昭和16年)に長澤重太郎(ながさわ じゅうたろう、1912年明治45年/大正元年) - 1981年昭和56年)[3])によって峡南精米株式会社(きょうなんせいまい‐)として設立[4]。翌1942年(昭和17年)に戦時統制による食糧管理法が執行され、米が国管理に移行したことから精米事業を分離し、峡南精麦株式会社(きょうなんせいばく‐)に改称[4]。また、重太郎も徴兵され[5]、会社は休眠状態となる。

終戦後に重太郎が復員して事業を再開、1952年(昭和27年)に小学校の給食でパンの提供が始まったことを受けて小麦粉製造を始め、同時に峡南精麦製粉株式会社(きょうなんせいばくせいふん‐)に変更。業務用の中力粉として「青柳」(あおやぎ)を発売。また、1953年(昭和28年)には大麦を食べやすく半分に切り黒い筋をなくす切断機の開発に成功し[5]、それを基に製麦された「白麦米」(はくばくまい)を発売[6]。この製品が大ヒットし、知名度が向上したことから1957年(昭和32年)に白麦米株式会社(はくばくまい‐)に改称した。また、同年に大阪工場を建設している[注 1]

1960年代にはラーメン麦茶の製造を開始。この間も本社工場や大阪工場に投資を行ない、1975年(昭和50年)には乾麺製造拠点として南湖工場を、1977年(昭和52年)には東京方面への営業拠点として杉並区荻窪に東京営業所を、1980年(昭和55年)には本社社屋を建設するなど拡張路線を進めていく[4]。1981年(昭和56年)に重太郎が逝去したことから2代目社長として息子の長澤利久(ながさわ としひさ、1938年(昭和13年)-2024年(令和6年)[7])が就任。1986年(昭和61年)にはCIを導入してはくばくの愛称が付けられた[4]1990年平成2年)に黒条線選別機の開発に成功し、選別された麦にカルシウムを添加した「骨太家族」(ほねぶとかぞく)を発売し、主力商品となる。1992年(平成4年)に現社名の株式会社はくばくに変更。1994年(平成6年)には「骨太家族」用の製造専門工場が建設される[4]

1995年平成7年)に食糧管理法が廃止されるとはくばくも打撃を受け[注 2][8]、路線転換を迫られる中得意先から「スティック状の商品を作れないか」との依頼を受けて多彩な穀物を入れた「十六穀シリーズ」を開発。当初は社内でも懐疑的だったが、2008年(平成20年)頃から他社でも類似商品を扱うようになり、健康ブームに乗って成功を収めた[8]

1998年(平成10年)にはオーストラリアのみで栽培されているロゼラ種小麦に注目し、現地に工場を建設[4][9]2003年(平成15年)に利久に代わり3代目社長として長澤重俊(ながさわ しげとし、1966年(昭和41年)5月5日 - [10])が就任。2006年(平成18年)にはこれまでのハート型から五穀をイメージしたものに変更した。2012年(平成24年)に東京営業所を中央区箱崎に移転のうえ東京本社に昇格させ、営業拠点を山梨から東京へ移転する(会社登記および製造拠点は山梨のまま)。

2015年(平成27年)に中央市にあったパイオニア系列のプラズマパネル拠点だったパイオニア・ディスプレイ・プロダクツ山梨工場(2009年3月閉鎖)[11]の建物を取得し、山梨本社を移転(それまでの山梨本社は本店に移行)[4]2019年(平成31年)2月にキユーピー系列の富士吉田キユーピー株式会社株式49%を取得[12]2020年(令和2年)に東京本社を箱崎から江東区木場に再移転[13]2021年(令和3年)には富士吉田キユーピーから株式51%を取得し、富士吉田キユーピーを完全子会社化。同時に富士吉田キユーピーの商号を株式会社はくばく富士吉田へ変更した[14][15]

商品

大麦・もち麦

骨太家族
沿革の通り1990年(平成2年)に黒条線選別機によって選別された米粒麦にカルシウムをコーディングしたもの[6]。カルシウム強化が叫ばれていた中で発売され、製造専門の工場ラインが建てられるほどヒット商品となった。2025年(令和7年)よりγ-アミノ酪酸(GABA)を添加した「骨太家族+GABA」を販売ている[16]
もち麦
ハダカムギのうち、粘り気の強い品種を精麦したものである。骨太家族と並ぶ主力商品の一つであり、公式サイトでは食べ方について紹介されている[17]。2024年(令和6年)より続く令和の米騒動では、高額になった米に代わりもち麦を混ぜて炊く人が増え、売上が4割増加したことが報じられている[18]
その他
麦飯製品として押麦や胚芽押麦、ビタミンを添加したビタバァレーを製造しており、小分けしたものやレトルト食品としても販売している。
業務用として「純麦」があり、「白麦米」に代わり学校給食の麦ごはん用として提供されている[6]

雑穀

十六穀シリーズ
沿革の通り1995年(平成7年)より開発を開始し、2006年(平成18年)より販売している製品[3]黒米(国産)、もちあわ黒豆(蒸煮)、アマランサスもちきび玄米(焙煎発芽)、キヌアたかきび小豆、黒煎りゴマ、白煎りゴマ、赤米(発芽)、白麦、うるちひえトウモロコシ(挽割)、はと麦(挽割)の16種類の穀物を配合したものである。
その他
十六穀シリーズのほかに五穀、六穀、八穀、十五穀とそれぞれ記載している通りの穀物数を配合した商品を販売している。また、タンパク質を増やしたプロテインタイプや、タニタ食堂の監修を受けた「タニタ食堂監修雑穀ごはん」がある。

玄米・米

もち米発芽玄米、少量パックのブランド米を販売している。

麺・粉

うどんほうとうの乾麺を販売しており、うどんはもち麦やを混ぜたもの、また離乳食用ものも販売している。
オーストラリアの工場(はくばくオーストラリア)は有機農業で製造された麦をもとにした乾麺(うどん、素麺ラーメン)を製造しており、日本の他北米ヨーロッパにも出荷している[9]
かつてカップ麺として「怪物製作所シリーズ」を販売しており、冷やし中華や恐竜のイラストが描かれたラーメンなどが存在した[6]
製粉製品としてホットケーキミックス天ぷら粉すいとん粉などを販売している。

麦茶

1972年(昭和47年)に「棒麦茶」として発売したのが麦茶製品として初出で、その後麦芽大麦を加えた「麦芽麦茶」や水だけで作れる「水だし麦茶」を販売している[6]

その他

中央市へ本社移転する前の2010年頃まで南湖工場内に飼料事業部として家畜用飼料の製造もしていた。

事業所・工場・店舗一覧

事業所

東京本社が入居している東京パークサイドビル(江東区木場)
山梨本社に隣接している直営店「hakubaku shop」

工場

直系
  • 中央工場(山梨県中央市):白麦、穀物ユニットを設置。
  • 富士川工場(山梨県南巨摩郡富士川町):白麦、製粉ユニットを設置。
  • 南湖工場(山梨県南アルプス市):乾麺、麦茶ユニットを設置。
  • 甲西工場(山梨県南アルプス市):精米ユニットを設置。
関連企業運営

直営店

  • hakubaku shop(山梨県中央市):山梨本社に隣接
  • 南湖直売所(山梨県南アルプス市):南湖工場に隣接

関連企業

  • はくばく富士吉田
  • はくばくオーストラリア
    • 1996年(平成8年)設立。2年後にオーストラリア工場が竣工し、稼働している。
  • 霧しな

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脚注

外部リンク

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