仙崎
日本の山口県長門市の広域地名
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
引き揚げ港
→「引き揚げ」も参照
太平洋戦争終戦後、海外邦人がかつての領土から本土へ引き揚げるにあたり、かつて関釜連絡船として就航していた興安丸が母港として釜山港と仙崎・博多港を往復したことから、仙崎港は引き揚げ港として知られることになる。仙崎港で受け入れた引き揚げ者は413,961人で、博多港・佐世保港・舞鶴港・浦賀港に次ぐ5番目の人数で、葫蘆島、上海、釜山からの上陸者が多かったという[1]。逆に朝鮮、台湾など祖国へ帰還する在日外国人の送り出し港としての役目も果たしており、送り出し人数339,548人は博多港に次いで2番目に多い人数である。
1995年(平成7年)には、引き揚げ50周年を記念した行事も行われ、記念碑の建立や記念列車(仙崎駅 - 下関駅)の運転が行われた。
仙崎漁港
金子みすゞ
交通
1930年に開業した仙崎駅があり、山陰本線の支線(通称・仙崎線)で長門市駅とつながっている。終戦直後は全国各地へ引き揚げ者を運ぶ列車が運行されたが、現在は仙崎駅〜長門市駅間で列車が往復運転しているほか、仙崎から美祢線にも直通している。
本土と青海島を結ぶ県道青海島線青海大橋(全長260メートル)がかかる。1965年(昭和40年)10月完成。当初は歩道なし2車線の橋であったが、1987年(昭和62年)6月16日、桁下高を十分確認せず通過しようとしたクレーン船が橋桁に衝突する事故が発生。損傷した西側の桁を撤去し、並列に1車線分の橋桁を架ける手法で新たに歩道を設置し、1991年(平成3年)7月に復旧をしている。


