賈行
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賈行の正体については、天武朝の銀銭、養老5年(721年)発行の一両銀銭、外国銭、厭勝銭、試鋳貨幣など諸説あるが何れも根拠に乏しい。開基勝寳と共に出土していることから、天平宝字4年(760年)前後の発行と推測する説が有力であり、この時期に唐において50文あるいは100文の直径3.0〜3.6センチメートル程度の大型銅銭が発行されていることから、これらとの関係を指摘する説もある[1]。
1937年(昭和12年)、奈良市伏見町西大寺畑山(現在の西大寺宝が丘)にて開基勝寳31枚とともに発見された。この時、金の延べ板なども同時に見つかっている。現在は開基勝寳と共に東京国立博物館に保管されている。
なお、天平宝字4年には銀銭の大平元寳が開基勝寳や銅銭の萬年通寳とともに定められたことが正史に記されるが、大平元寳は賈行とは対照的に正真の現物が発見されておらず、「幻の銀銭」とされる。
