1993年に太平洋ドルフィンズに指名され入団した。同年は29試合に出場。
1994年は外野のバックアップとして活躍し84試合に出場した。さらにハンファ・イーグルスとのプレーオフでは具臺晟から本塁打を打ち、韓国シリーズ進出を決定づけた。
シーズン後に軍服務でチームを離れる。翌年除隊されたが出場機会が減少したため自由契約を要求。球団は当初この要求を拒んだが、3年後の1998年に放出となった。
放出の直後にサンバンウルの金星根監督が直接電話をかけ、サンバンウルに移籍した。
移籍後も序盤から活躍していたが、古巣の現代との勝負中に巨砲である李在珠の打球が直撃し大怪我を負ったことで離脱。そして最終的にはこの怪我が原因で引退することになった。
引退後は大学野球のコーチとして活動している[1]。