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1994年の野球

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1994年の野球(1994ねんのやきゅう)では、1994年の野球界における動向をまとめる。

競技結果

日本プロ野球

ペナントレース

1994年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝読売ジャイアンツ70600.538---
2位中日ドラゴンズ69610.5311.0
3位広島東洋カープ66640.5084.0
4位ヤクルトスワローズ62680.4778.0
5位阪神タイガース62680.4778.0
6位横浜ベイスターズ61690.4699.0
1994年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝西武ライオンズ76522.594---
2位オリックス・ブルーウェーブ68593.53547.5
2位近鉄バファローズ68593.53547.5
4位福岡ダイエーホークス69601.53497.5
5位千葉ロッテマリーンズ55732.43021.0
6位日本ハムファイターズ46795.36828.5
終盤のセ・リーグ優勝争い等

『プロ野球70年史』[1]は、この年の見出しを「10.8決戦とイチロー旋風」としている。

その10.8決戦のあったセ・リーグは、終盤に各チームの勝率が接近して、順位争いがプロ野球史上まれに見る混戦となった。

8月18日、巨人は中日を破ってマジックナンバー25を点灯させた。この時点で巨人の優勝が確実との見方もあった。また、巨人側から見ると、この試合は、このシーズン5勝を与えることとなった「苦手」今中慎二を攻略したという意味もある[2]。

  • 8月18日時点でのセ・リーグ順位表は次のとおり。
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順位球団勝利敗戦引分勝率ゲーム差
1位読売ジャイアンツ58420.580-
2位中日ドラゴンズ52480.5206.0
3位阪神タイガース50510.4958.5
4位広島東洋カープ48500.4809.0
5位横浜ベイスターズ45530.45912.0
6位ヤクルトスワローズ44530.45412.5
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ところが、巨人が7月から9月の各月とも負け越し、マジックナンバーは17まで減らしたものの、8月30日に中日に敗れて消滅した[3]。さらに、広島、中日とのゲーム差がすぐに近づいていった。

特に、中日は8月に8連敗し、監督の髙木守道にシーズン限りの解任を通告していた[4]。しかし、奮起して、9月を11勝3敗で[6]、9月に4勝10敗の巨人をとらえ、広島を優勝争いから脱落させた。9月28日、ナゴヤ球場での中日-巨人戦で、1回に立浪和義が巨人先発桑田真澄から放った本塁打による1点を先発郭源治から先発登板することもあった佐藤秀樹、さらに翌日の両チーム間の試合が台風接近により中止になることを見越して今中を抑えに投入して1-0で中日が勝利し、巨人と同率で並んだ。巨人の監督の長嶋茂雄は10月8日に「(9月29日に中止になった中日戦を)やっていたら中日の勢いからいってやられただろうし、(中略)まさにあの"ハリケーン"は神風だった」と振り返り、後年、落合博満は、この時期の巨人のチーム状態について「2試合とも中止になることを願っていた」と述べた[7][8][9]。

その後両チームとも試合がなく迎えた9月30日、リーグは、この中止になった中日対巨人戦(第26回戦)を10月8日に組み込むことを含めた「追加日程」を発表した。この時点で、優勝争いは、同率で並び、ともに5試合を残していた巨人と中日にほぼ絞られていた。

10月6日は、一旦巨人が1ゲーム差をつけて迎えたが、中日が勝ち、巨人が敗れて、再び同率となった。結局両者とも同率で並んでから3勝1敗で8日の最終決戦を迎えた。

8日の決戦は、巨人が6-3で勝ち、優勝決定となった。先に解任通告を受けた高木監督については、終盤の優勝争いで、球団側が事実上、解任通告を撤回し、13日に同監督も辞意を撤回して、留任となった。

10.8決戦と同率最終戦での最下位決定戦

1994年のセ・リーグは同率で並んだ2チームが最終戦で直接対戦して優勝が決定した(10.8決戦)。一方で最下位も同率で並んだ2チームが最終戦で直接対戦して決定した[10]。

10月7日の時点で単独5位だった横浜ベイスターズは8日に試合の予定がなかったが、単独最下位だったヤクルトスワローズが同日に行われた129試合目で広島東洋カープに勝ったため、ヤクルトと横浜が61勝68敗の同率で並んだ。この時点で既に公式戦全日程を終了した広島の3位と阪神タイガースの4位は確定しており、両チームにとっての最終戦となる「ヤクルト対横浜」の直接対決で敗れたチームが最下位を確定することになった。この試合は10.8決戦と同様に、9月30日にセ・リーグから発表された「追加日程」に含まれていたもので、同年のリーグ公式戦最終試合でもあった。

10月9日に神宮球場で行われた試合はヤクルトが西村龍次、横浜が斎藤隆の先発で始まった。横浜は6回表に1点を先制したが、ヤクルトは8回裏に同点とすると、9回裏には城友博が横浜のリリーフ盛田幸妃から適時打を打ち、2-1でサヨナラ勝ち。勝利投手は高津臣吾、敗戦投手は斎藤隆。これによりヤクルトは阪神と並んで同率4位となり、横浜のリーグ最下位およびセ・リーグ全成績が確定した。

日本シリーズ

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1994年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月22日(土)第1戦西武ライオンズ11 - 0読売ジャイアンツ東京ドーム
10月23日(日)第2戦西武ライオンズ0 - 1読売ジャイアンツ
10月24日(月)移動日
10月25日(火)第3戦読売ジャイアンツ2 - 1西武ライオンズ西武ライオンズ球場
10月26日(水)第4戦読売ジャイアンツ5 - 6x西武ライオンズ
10月27日(木)第5戦読売ジャイアンツ9 - 3西武ライオンズ
10月28日(金)移動日
10月29日(土)第6戦西武ライオンズ1 - 3読売ジャイアンツ東京ドーム
優勝:読売ジャイアンツ(5年ぶり18回目)
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個人タイトル

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
タイトル選手球団成績選手球団成績
最優秀選手桑田真澄巨人イチローオリックス
最優秀新人藪恵市阪神渡辺秀一ダイエー
最優秀投手山本昌広中日
沢村栄治賞山本昌広中日
首位打者A.パウエル中日.324イチローオリックス.385
最多本塁打大豊泰昭中日38本R.ブライアント近鉄35本
最多打点大豊泰昭中日107打点石井浩郎近鉄111打点
最多盗塁野村謙二郎広島37盗塁佐々木誠西武37盗塁
最多安打野村謙二郎広島169安打イチローオリックス210安打
最高出塁率T.オマリー阪神.429イチローオリックス.445
最多勝利打点[11]R.ローズ横浜19打点
最優秀防御率郭源治中日2.45新谷博西武2.91
最多勝利山本昌広中日19勝伊良部秀輝ロッテ15勝
最多奪三振桑田真澄巨人185奪三振伊良部秀輝ロッテ239奪三振
最高勝率[12]紀藤真琴広島.762郭泰源西武.722
最優秀救援投手高津臣吾ヤクルト27SP赤堀元之近鉄33SP
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ベストナイン

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手山本昌広中日伊良部秀輝ロッテ
捕手西山秀二広島吉永幸一郎ダイエー
一塁手大豊泰昭中日石井浩郎近鉄
二塁手和田豊阪神福良淳一オリックス
三塁手江藤智広島松永浩美ダイエー
遊撃手川相昌弘巨人広瀬哲朗日本ハム
外野手前田智徳広島イチローオリックス
A.パウエル中日佐々木誠西武
G.ブラッグス横浜K.ライマーダイエー
指名打者 R.ブライアント近鉄
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ゴールデングラブ賞

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置球団選手球団選手
投手巨人桑田真澄西武工藤公康
捕手広島西山秀二西武伊東勤
一塁手横浜駒田徳広西武清原和博
二塁手阪神和田豊西武辻発彦
三塁手横浜石井琢朗ダイエー松永浩美
遊撃手巨人川相昌弘日本ハム広瀬哲朗
外野手阪神新庄剛志ダイエー秋山幸二
広島前田智徳オリックスイチロー
ヤクルト飯田哲也西武佐々木誠
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オールスターゲーム

高校野球

メジャーリーグ

選手会側が8月12日から232日間におよぶ史上最長のストライキ(1994年から1995年のMLBストライキ)に突入。その影響でワールドシリーズ(1994年のワールドシリーズ)が90年ぶりに中止になってしまった。

できごと

1月

2月

3月

4月

5月

6月

  • 6月8日 - 西武の鹿取義隆が東京ドームでの対日本ハム11回戦の一回裏無死一、二塁の場面で、腰痛で4球で降板した村田勝喜に代わって救援登板、9回最後まで投げて2-1で勝利投手となる[38]。
  • 6月9日 - 阪神の石嶺和彦が岡山での対広島11回戦の四回表に9号2点本塁打を打ち、プロ通算250本塁打を達成[39]。
  • 6月10日 - 中日は1991年オフに大洋を解雇され本年から打撃投手として採用していた中山裕章を支配下選手登録し、中山は2年ぶりの現役復帰を果たした[40][41]。
  • 6月11日
    • 中日の立浪和義がナゴヤ球場での対巨人10回戦で失策し、セ・リーグ記録を更新中だった二塁手の連続守備機会無失策が712で止まる[42]。
    • 近鉄のラルフ・ブライアントが東京ドームでの対日本ハム11回戦の七回表に三振し、プロ野球通算1000奪三振を記録[43]。
  • 6月12日 - 西武の石毛宏典が西武球場での対ダイエー11回戦でプロ通算1000得点を達成[44]。
  • 6月16日 - 巨人の吉田修司と福岡ダイエーホークスの岸川勝也の交換トレードが成立し、両球団から発表される[45]。
  • 6月18日 - ロッテの愛甲猛が千葉マリンスタジアムでの対ダイエー12回戦の四回裏に安打を打ち、プロ通算1000安打を達成[46]。
  • 6月26日
    • 巨人の原辰徳が横浜スタジアムでの対横浜14回戦の一回表に二塁打を打ち、プロ通算3000塁打を達成[47]。
    • 日本ハムのマット・ウインタースが東京ドームでの対オリックス15回戦の六回裏に12号3点本塁打を打ち、プロ野球通算150本塁打を達成[48]。
  • 6月29日 - オリックスのイチローが日生球場での対近鉄12回戦で4打数4安打を打ち、打率が4割7厘に。60試合以上経過し規定打席に到達した打者で打率が4割を超えたのは89年の巨人のウォーレン・クロマティ以来史上5人目[49]。

7月

8月

9月

10月

  • 10月1日 - ダイエーの秋山幸二が福岡ドームでの対日本ハム25回戦の8回裏に22号2点本塁打を放ち、プロ通算350本塁打を達成[78]。
  • 10月2日 - 近鉄対西武26回戦が藤井寺球場で行われ西武が近鉄に8-2で勝利し、パ・リーグ優勝達成。パ・リーグ史上初めてリーグ5連覇を達成[79]。
  • 10月6日 - 神宮球場でのヤクルト対巨人26回戦で巨人がヤクルトに6対2にで敗れ[80]、ナゴヤ球場での中日対阪神26回戦で中日が10対2で勝利し[81]、巨人と中日が共に69勝60敗で並ぶ。これで8日のナゴヤ球場での中日対巨人26回戦は、勝った方がリーグ優勝という大一番となり、1973年以来プロ野球史上2度目の最終決戦となる[82]。
  • 10月8日 - ナゴヤ球場で中日対巨人26回戦が行われ、巨人が6-3で勝利し、27度目のセ・リーグ優勝達成(10.8決戦)[83]。
  • 10月9日
    • セ・リーグは全日程が終了[84]。
    • オリックスのイチローがグリーンスタジアム神戸での対近鉄26回戦で4打数2安打を記録し、張本勲が1970年に記録した3割8分3厘を更新するパ・リーグ新記録の3割8分5厘を記録[85]。
    • ヤクルトは角富士夫が今季限りで現役引退すると発表[86]。
  • 10月10日 - パ・リーグは全日程が終了[87]。
  • 10月12日 - ダイエーは福岡市内のホテルで記者会見し、新監督に野球解説者の王貞治が就任すると正式発表[88]。
  • 10月13日 - 巨人の西本聖が今季限りで現役引退すると表明[89]。
  • 10月15日 - 日本ハムは都内のホテルで新監督に野球解説者の上田利治が就任したと発表[90]。
  • 10月19日 - 中日は小松辰雄が今季限りで現役引退し、来シーズンより2軍投手コーチに就任すると発表[91]。
  • 10月29日 - 日本シリーズの第6戦が東京ドームで行われ、巨人が西武に3対1で勝利し、日本シリーズ優勝[92]。
  • 10月31日
    • 1994年度のプロ野球セ・パ両リーグの最優秀選手、最優秀新人、ベストナインを決める記者投票の開票が東京・銀座の朝日生命ビルで行われ最優秀選手にセは巨人の桑田真澄、パはオリックスのイチロー、最優秀新人はセが阪神の藪恵一、パは渡辺秀一が選出される[93][94]。
    • 広島の長冨浩志と日本ハムの木村拓也プラス金銭のトレードが成立したと広島、日本ハム両球団が発表[95]。

11月

12月

  • 12月1日 - 阪神の郭李建夫が球団との契約更改交渉に父親と同伴で臨む。球団代表の沢田邦昭は父親の同伴については通訳であるとの認識を示し、契約更改では第三者の同席は基本的に認められず、今回は特殊なケースであるとの見解を示す[110]。
  • 12月5日 - 巨人は東京都内のホテルにてフリー・エージェント宣言していた前広島の川口和久と前ヤクルト広沢克己の入団を正式に発表[111]。
  • 12月6日 - ダイエーは福岡市内のホテルにて西武からFA宣言していた工藤公康の入団を発表[112]。
  • 12月13日

誕生

1月

2月

3月

4月

5月

6月

7月

8月

9月

10月

11月

12月

死去

出典

参考文献

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