1936年の大阪タイガース From Wikipedia, the free encyclopedia 1936年の大阪タイガース(1936ねんのおおさかタイガース)では、1936年シーズンの大阪タイガースの動向をまとめる。 都市 兵庫県武庫郡鳴尾村(現:西宮市)球場 甲子園球場経営母体 阪神電気鉄道監督 森茂雄(春期)石本秀一(秋季)概要 成績, 本拠地 ...1936年の大阪タイガース成績 年度優勝決定戦敗退1勝2敗(対巨人)[1][2]本拠地都市 兵庫県武庫郡鳴尾村(現:西宮市)球場 甲子園球場 球団組織経営母体 阪神電気鉄道監督 森茂雄(春期)石本秀一(秋季)« 19351937 » テンプレートを表示閉じる 1月10日、阪神電鉄社内から懸賞付きで募集していたチーム名が「大阪タイガース」に決定した[3]。日本職業野球リーグ創設1年目のシーズンである。 当年使用したユニフォームをモデルにした復刻ユニフォームによる試合が、2023年5月26日〜28日(甲子園)と8月8日〜10日(東京ドーム)に行われた[4]。 チーム成績 日本野球連盟年間成績 順位球団勝敗分勝率差 –--- – – – – – できごと 3月25日 - 前年末に結成された球団の激励会が甲子園ホテルで開催され、その席上で球団歌「大阪タイガースの歌」(作詞・佐藤惣之助、作曲・古関裕而)の初演奏が行われる。出席者には日本コロムビアに製造を委託した中野忠晴歌唱のSPレコード(品番:A-305)が配布された[5]。 この楽曲は1961年(昭和36年)に「阪神タイガースの歌」への改題を経るも、NPB12球団で現存最古の球団歌として「六甲おろし」の愛称でファンに親しまれ続けている[注 1]。 4月29日 - 開幕戦となる名古屋金鯱軍戦、先発の藤村富美男投手は1安打完封勝利を収め、日本初の「初登板初完封勝利」を達成、また打っても4打数3安打2打点と活躍する。この「初登板1安打完封勝利」は、51年後の1987年8月9日に、中日の近藤真一が対巨人戦でノーヒットノーランを達成するまで「最少安打記録」となる。 選手・スタッフ [6][7] 表彰選手 さらに見る リーグ・リーダー, 選手名 ... 秋季 リーグ・リーダー 選手名タイトル成績回数 景浦將 最優秀防御率0.79初受賞 最高勝率1.000 藤村富美男 本塁打王2本初受賞 閉じる 脚注 [脚注の使い方]注釈 [1]プロ野球チームの球団歌として制定された楽曲は大正期に活動していた日本運動協会制定の「日本運動協会野球歌」が最初であり、NPBの現存球団に限定した場合は3月19日に名古屋軍(中日ドラゴンズの前身)の公式応援団発会式で発表された「名古屋軍応援歌」が先んじていたため「大阪タイガースの歌」は制定順で3番目となるが、前述の2曲は楽譜が散逸状態のため「六甲おろし」が“現存最古”とされる。 出典 [1]“年度別成績 1936年春 日本野球連盟”. 日本野球機構. 2018年9月11日閲覧。 [2]“年度別成績 1936年秋 日本野球連盟”. 日本野球機構. 2018年9月11日閲覧。 [3]“内田雅也が行く 猛虎の地(4)「タイガース」の由来は天守閣の虎!?”. スポニチアネックス. スポーツニッポン新聞社. 2019年12月4日. 2024年1月11日閲覧. [4]“阪神タイガース・読売ジャイアンツ共同プロジェクト 「伝統の一戦~THE CLASSIC SERIES ~」共通ビジュアル発表ならびに協賛企業決定”. 阪神タイガース (2023年3月8日). 2023年8月13日閲覧。 [5]菊池清麿『日本プロ野球歌謡史』(彩流社、2021年), p30 ISBN 978-4-7791-2789-2 [6] ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 102 [7]『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。 Related Articles