2007年長崎市長選挙
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2007年長崎市長選挙(にせんななねん ながさきしちょうせんきょ)は、2007年4月22日に執行された長崎市長選挙。第16回統一地方選挙の一環として行われた。
告示時点での立候補者
当初の争点
この選挙は前述の通り、4期目を目指す現職の伊藤に対する信任投票的な選挙として始まった。
伊藤市政下では、原爆落下中心碑(平和公園内)の撤去をめぐる問題や、市が発注した公共工事に関する入札妨害事件、前年から長崎県下の各自治体で問題化し、長崎市においても存在が明らかになった不正経理処理による「裏金」問題等が指摘されてはいた。しかしこれらを批判し、伊藤に挑戦しようとする対抗馬は、日本共産党が擁立した山本と、独自に出馬を表明したが政治経験がなく、支持母体もない前川智子以外にはいなかった。いずれの候補も、もともと後援会を中心とした支持基盤が磐石との評が高かった伊藤を脅かす存在とは見られず、伊藤の圧倒的な優位が見込まれていた。
なお、前川悦子は選挙当時行き先が決定していなかった岡本太郎作の壁画「明日の神話」の長崎への誘致を事実上単一公約として掲げており、全くの独自の戦いを行っていた。
市長射殺事件以降
選挙戦3日目の4月17日午後7時51分ごろ、長崎市大黒町の選挙事務所前で伊藤が狙撃され、翌18日午前2時28分、救急搬送先の長崎大学医学部・歯学部附属病院で死去した(長崎市長射殺事件)。長崎市長職は伊藤の死で空席となり、もともと伊藤の出馬に伴い市長職務代理者となっていた副市長の内田進博が、市長が空席となったことに伴う職務代理者[1]になった。
選挙期間中に立候補中の現職市長が撃たれ死亡するという異例の事態となり、長崎市選挙管理委員会は公職選挙法の規定[2]により、投票日3日前の19日午後5時まで補充立候補の受付を行うこととなった。伊藤の遺族や後援会は、伊藤の女婿である西日本新聞記者の横尾誠を擁立した。一方、この時点で長崎市役所統計課長を務めていた市職員の田上富久は、前市長の身内の「世襲」に疑問を呈する立場から独自に出馬を表明し、この2名が補充立候補を届け出た。なお、田上は立候補の時点で公職選挙法の規定により市職員の身分を失った。
| 補充立候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 現元新 | 肩書 |
|---|---|---|---|---|
| 横尾誠 | 40 | 無所属 | 新 | 西日本新聞記者 |
| 田上富久 | 50 | 無所属 | 新 | 前長崎市統計課長 |
市長選挙、及び同時に行われていた長崎市議会議員選挙の立候補者は、伊藤の死が伝えられた18日にはほとんどの者が選挙運動を自粛した。