2008年コンゴ民主共和国サッカー暴動

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2008年9月14日
場所コンゴ民主共和国北キヴ州ブテンボ
北緯0度09分 東経29度17分 / 北緯0.150度 東経29.283度 / 0.150; 29.283
結果 13人が死亡、36人が負傷
2008年コンゴ民主共和国サッカー暴動
コンゴ民主共和国の歴史

コンゴ民主共和国の地図
2008年9月14日
場所コンゴ民主共和国北キヴ州ブテンボ
北緯0度09分 東経29度17分 / 北緯0.150度 東経29.283度 / 0.150; 29.283
結果 13人が死亡、36人が負傷

2008年コンゴ民主共和国サッカー暴動(2008ねんコンゴみんしゅきょうわこくサッカーぼうどう)は、サッカー選手の1人が試合中に呪文を唱えたのをきっかけとして生じたコンゴ民主共和国暴動である。

2008年9月14日日曜日、コンゴ民主共和国東部の北キヴ州ブテンボ (en:Butembo) で、サッカーの試合に関連した暴動が勃発した[1][2]。この日の試合は、地域クラブのSocozakiNyuki System によるダービーマッチであった[3]

暴動のきっかけは、選手の1人が呪術を使ったことであった[4]。劣勢であったNyuki System のゴールキーパーは、サッカー競技場の敵陣方に進み出て、試合を逆転するための呪文を唱えたのである[5]。この行動は互いのチームの選手間に乱闘を引き起こし、これを仲裁しようとした警察署長は観衆により石を投げつけられた[6]。報道によれば、この状況を抑えるために警察当局が群集に対して催涙ガス弾筒を発射したため、避難しようとする群衆の間で将棋倒しが発生する原因となった[3]

翌日、10代の若者数十人がこの事態に対して抗議を行った[1]。州知事のジュリアン・ムパルク (Julien Mpaluku) は、死亡者の葬儀に出席し、入院した怪我人を見舞い、事件の完全な調査を約束した[7]。後にムパルクは、警官による空に向けた発砲が群集のパニックを引き起こし、その後の催涙弾の一斉使用によって死亡者が発生したと報告した。また、13人が窒息により死亡し、36人が負傷したことが明らかとなったほか[4]、2、3人の例外を除き、被害者の大部分は11歳から16歳の子供であったことも判明した。その後、地域行政により11名からなる事件の研究チームが設置されている[1]

なお、このニュースは国連から資金提供を受けているラジオ・オカピ (en:Radio Okapi) により報じられた[7]

背景

脚注

関連項目

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