2016 AFFスズキカップ
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| 2016 AFF Championship | |
|---|---|
| 大会概要 | |
| 開催国 |
|
| 日程 | 2016年11月19日 - 12月17日 |
| チーム数 | 8 (1サブ連盟) |
| 開催地数 | 4 (4都市) |
| 大会結果 | |
| 優勝 |
|
| 準優勝 |
|
| 大会統計 | |
| 試合数 | 18試合 |
| ゴール数 |
50点 (1試合平均 2.78点) |
| 総入場者数 |
316,168人 (1試合平均 17,565人) |
| 得点王 |
(6得点) |
| 最優秀選手 |
|
| フェアプレー賞 |
|
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2016 AFFスズキカップ[1]は、第11回目の東南アジアサッカー選手権である。2016年11月19日から同年12月17日にかけて行われた[2]。
開催国決定の経緯
2013年12月21日にミャンマーとフィリピンの共催で決定した。両国ともに東南アジアサッカー選手権グループリーグの開催国となるのは史上初の事であった[5]。
2016年2月にフィリピンサッカー連盟は、リサール・メモリアル・スタジアムに問題があって、代替地が見つからない事から主催を返上[6]、マレーシア、シンガポール、ベトナムが代わりに名乗りを上げた[7]。3月7日にマレーシアを共催候補とする事で決定し、同月11日までにフィリピン側にフィリピン・スポーツ・スタジアムの使用権を確保出来なかった場合、ミャンマーとマレーシアで共催という形になった[8]。最終的にはフィリピンが両スタジアムを確保出来たため、フィリピンとミャンマーで開催する事となった[9]。
会場
| ラジャマンガラ・スタジアム | パカンサリ・スタジアム | ミーディン国立競技場 | トゥウンナ・スタジアム[10] | ||||||||
| 収容人数: 49,722 | 収容人数: 30,000 | 収容人数: 40,192 | 収容人数: 32,000 | ||||||||
| ウンナ・テイディ・スタジアム[10] | フィリピン・スポーツ・スタジアム | リサール・メモリアル・スタジアム | |||||||||
| 収容人数: 30,000 | 収容人数: 20,000 | 収容人数: 12,873 | |||||||||
予選

予選はカンボジアで行われた[11]。ホスト国のカンボジア代表が予選を通過した。
インドネシア代表は、国際サッカー連盟からの活動停止処分のため、この大会にも参加できない可能性があったが、活動停止が解除されたために本戦に参加した[12]。
出場国
The following eight teams qualified for the competition.
| 国 | 出場回数 | 過去の最高成績 |
|---|---|---|
| 11回目 | 4位 (2004) | |
| 10回目 | 準優勝 (2010, 2012, 2014) | |
| 11回目 | 優勝 (1996, 2000, 2002, 2014) | |
| 11回目 | 優勝 (2010) | |
| 11回目 | 優勝 (2008) | |
| 11回目 | 準優勝 (2000, 2002, 2004, 2010) | |
| 11回目 | 優勝 (1998, 2004, 2007, 2012) | |
| 6回目 | グループステージ敗退 |
組み合わせ抽選
結果
それぞれのグループの順位は以下のようにして決定される。
- 勝ち点
- 得失点差
- 得点数
以上の三つが同一であるチームがあった場合、次の優先度で順位を決定する。
- 直接対決の結果
- 両チームが最終節で対決する場合PK戦
- 抽籤
グループステージ
| 背景色 | |
|---|---|
| 上位2チームが準決勝進出 | |
グループA
- 全試合フィリピンで行われた
- 時刻はUTC+8に基づく
| 順 | チーム | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 | 出場権 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3 | 3 | 0 | 0 | 6 | 2 | +4 | 9 | 準決勝進出 | |
| 2 | 3 | 1 | 1 | 1 | 6 | 7 | −1 | 4 | ||
| 3 | 3 | 0 | 2 | 1 | 2 | 3 | −1 | 2 | ||
| 4 | 3 | 0 | 1 | 2 | 1 | 3 | −2 | 1 |
グループB
- 全試合ミャンマーで行われた
- 時刻はUTC+6:30に基づく
| 順 | チーム | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 | 出場権 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3 | 3 | 0 | 0 | 5 | 2 | +3 | 9 | 準決勝進出 | |
| 2 | 3 | 2 | 0 | 1 | 5 | 3 | +2 | 6 | ||
| 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 3 | 4 | −1 | 3 | ||
| 4 | 3 | 0 | 0 | 3 | 4 | 8 | −4 | 0 |
| マレーシア | 0-1 | |
|---|---|---|
| Report | グエン・トロン・ホアン |
決勝トーナメント
| 準決勝 | 決勝 | |||||||||||
| A2 | |
2 | 2 | 4 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| B1 | |
1 | 2 | 3 | ||||||||
| A2 | |
2 | 0 | 2 | ||||||||
| A1 | |
1 | 2 | 3 | ||||||||
| B2 | |
0 | 0 | 0 | ||||||||
| A1 | |
2 | 4 | 6 | ||||||||
準決勝
第一試合
第二試合
インドネシアが4-3で決勝進出
タイ王国が6-0で決勝進出
決勝
第一試合
第二試合
タイ王国が3-2で優勝
事件
マレーシア対ミャンマー戦を3日後に控えた11月23日、マレーシア青年・スポーツ省のカイリー・ジャマルディンは統一マレー国民組織、全マレーシア・イスラーム党、人民正義党、国家誠信党ペナン支部からの再三の要請を受けて、ミャンマー政府がロヒンギャを迫害しているために試合のボイコットを呼びかけた[15][16][17][18][19][20][21]。これに対してASEANサッカー連盟は、マレーシア代表がこの試合を抛棄した場合、政治的介入になるため国際サッカー連盟から長期の活動停止処分が下ると警告した[22]。25日にマレーシア側は試合に出場する事を決定[23]、両監督ともに大した問題にはしなかった[24][25]。しかしこの最終節、マレーシアはミャンマーにまさかの敗北を喫し、決勝ラウンド進出を逃した[26]。
準決勝第二試合のインドネシア対ベトナム戦では傅明主審がインドネシア贔屓の笛を吹いたとしてベトナムサポーター側から批難された。インドネシアによるファールを全く取らなかったのみならず、76分にベトナムのゴールキーパートラン・グエン・マンに対してレッドカードを出したことは大きな物議を醸した[27][28]。ベトナムはこの結果、決勝進出を逃したためにサポーターの一部が暴徒化し、インドネシア代表の乗るバスに大きな石を投げ、インドネシア代表はゴールキーパーコーチとチームドクターが負傷した[28][29][30][31][32]。この事件に対してインドネシアサポーターからはスポーツマンシップの欠片もないと非難囂囂[33]、インドネシア代表のエヴァン・ディマスは「あのバス窓への投石が顔に当たっていたらサッカー人生は終わりうる物だった」も表現した。二輪車の暴徒集団がバスを囲もうとしており、バス運行の安全が確保できないため、運転手はミーディン国立競技場に引き返した[34]。代わりのバスは厳重な警備の下出発、ベトナムサッカー連盟は公式に謝罪した[31][32][35]。
決勝第一試合のインドネシア対タイ王国戦ではタイ王国代表のティーラトン・ブンマタンが直截フリーキックを蹴ろうとしたところ、インドネシアサポーターからレーザーポインターによる攻撃を受けた[36][37][38]。その後もゴールキーパーのカウィン・タンマサッチャーナンを中心にレーザーポインターが照射され、カウィンは飯田淳平主審に試合に集中が出来ない旨を伝えた[39]。この試合は後半にインドネシアが逆転勝利している。試合終了後のメディア対応ではタイ王国代表のキャティサック・セーナームアン監督も、レーザーポインターが原因で集中を切らしたと述べた他、インドネシア代表のアルフレッド・リードル監督も「第一試合で勝ったのはアンフェアな振る舞いをしたからだ、となるのだからまことに恥であり批難の対象である。」と述べた[40][41][42]。インドネシアのファンは謝罪をしたが[38]、タイ王国側は「収拾するのは主審の義務であった」、「インドネシアの選手の闘争心が我々のミスを誘っただけの試合であった」と紳士的な対応を見せた[43]。
第二試合の後半アディショナルタイムにインドネシア代表のアブドゥー・レスタルフが突如タイ王国ベンチに向けてボールを蹴り込み退場処分となった[44]。事の起こりはタイ王国代表のディフェンダーがカットしたボールがピッチを割ってタイ王国ベンチ内に転がっていった事であった[44]。椅子の下に入り込んだボールに対してタイ王国側は微動だにしなかったため、1点を追いかけるインドネシア代表側は早くボールをピッチに戻したい状況であったものの、タイ王国側はボールを渡さず、これを姑息な時間稼ぎと捉えた事に対しての行動であった[45]。結局ムハンマド・アブドゥッラー・ハッサン・モハメド主審がボールの返還をタイ王国側に要求した事でボールはピッチに戻ったが、この時間稼ぎに苛立っていた彼はベンチにボールを蹴り込みレッドカードとなった[45]。ピッチを後にする際にもタイ王国サポーターに向けて中指を立てていた[46]。この一連の行動に対してはインドネシア内でもスポーツマンシップの欠如として大きく批判された[47]。結局試合はそのまま終了したが、この試合でタイ王国代表側もリードした興奮のあまりに発煙筒を投げ込んでおり、タイ王国国家警察庁はタイ王国代表のウルトラズをタイサッカーのイメージを損なわせたとして捜査に乗り出した[48]。またタイサッカー協会もこの投げ込みによって、年明け1月5日に3万米ドルの罰金を課せられた[49][50]。