AU-23 (航空機)
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1960年代、アメリカのフェアチャイルド・ヒラー社(当時)は、スイスのピラタス社が開発したPC-6 ターボ・ポーター軽単発機の製造ライセンスを取得して、計92機の生産を行った[1][2]。このうち、ベトナム共和国空軍(南ベトナム空軍)向けの武装可能で短距離離着陸可能な軽量汎用機として、1960年代後期から開発されたのがAU-23である[1][2][3]。36機(25機とする資料もある[2])が製造された[1]。
エンジンにはギャレット TPE331-1-101F ターボプロップエンジンを搭載する[1][3]。主脚は固定式で、不整地用の高弾性タイヤが装備されている[1][3]。胴体下1か所と主翼下4か所に兵装搭載用のハードポイントが追加されており、ガンポッドやロケット弾ポッド、爆弾、宣伝ビラ散布機などが装備できた[3]。また、キャビン内部にはM61バルカン砲をベースにしたXM197 20mm3砲身機関砲が取り付けられるようになっており、[1][3]内部から砲手が機体側方に向けて射撃することができた[3]。そのほか、軍用の航法/通信機器と兵装管理機器が装備されている[1]。乗員は操縦手・副操縦手・砲手の3名で、輸送用途に使用する場合は武装した兵員5名もしくは乗客6名を搭載可能だった[3]。
AU-23の初号機は、1971年1月にアメリカ空軍の第4400特殊作戦飛行隊に配備され、運用評価が実施された[3]。しかし、戦闘速度の遅さや運用高度の低さ、兵装投下後の離脱の困難性、装甲の欠如などが指摘され、戦闘任務には不適と判断された[3]。さらに、フェアチャイルド社からの納入が遅れている間に、ベトナムの戦況が悪化し、AU-23はアメリカ本土に引き上げられることになった[3]。1972年6月にAU-23は保管状態となり、その後軍事支援プログラムの一環としてタイ王国空軍に供与された[3]。