イタリア国鉄ETR500電車
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歴史
試作車
編成

2つのプロトタイプの成功を元にFSはピニンファリーナがデザインを担当した単電源の30編成を発注した。1992年から1996年にかけて受領した編成は2両の機関車(E.404 100 - 159)と4両の1等車、食堂車、6両の2等車から構成されていた。300 km/hでの営業運転を目指して開発された編成であったが、ディレッティシマの電化方式は直流3 kVのため、300 km/h運転に必要な十分な電力が得られず、250 km/hでの走行に制限されている。将来的にはTAV区間全線を交流電化25 kVとする計画があり、第二世代の編成ではこれらの理由から2電源に対応した編成が発注された。
第一世代の編成に組まれていた旧型の機関車は2006年から2008年にかけて順次編成から外され、第二世代の新型機関車に取って代わられている。第一世代の車両はE414機関車として、通常のインターシティの普通客車を前後に挟んで200km/hで運行されている。
中間部の客車は新製された2電源対応の機関車と組まれユーロスター・イタリアとしてTAVなどの高速新線に投入されており、キウージ - ミラノ、ミラノ - ローマ - サレルノ・ヴェネツィア、ヴェネツィア - ローマなどで運行された。
2008年より、第二世代の編成には順次、改装工事が施行された。同車の会議室には沖電気工業との協力開発で岡村製作所が納入したミーティングチェアが採用された[1]。工事が済んだ編成には「フレッチャロッサ(Frecciarossa:『赤い矢』の意)」の愛称が与えられ、同年12月にミラノからボローニャに至るTAVの開業に伴って運行を開始したユーロスター・イタリアの上位列車:Eurostar Italia Alta Velocità(ユーロスター・イタリア・アルタ・ヴェロチタ:ユーロスターAV)の運用へ充当された。
2012年6月には、それまでトレニタリアの看板列車として展開されていたユーロスター・イタリアが、列車の愛称であったフレッチャロッサおよびフレッチャルジェント名義の運行種別に正式に移行された事に伴い、現在はフレッチャロッサとして運行されている。


