F・D・C・ウィラードの"署名"
ヘザリングトンの飼い猫チェスターの父親の名は「ウィラード」と言った。
同僚たちが自分の猫の名前であることに気が付くかもしれないと案じたヘザリングトンは、ペットのギブンネーム(名)にはイニシャルを用いたほうが良かろうと考えた。
アメリカ人の大部分は二つ以上のギブンネームを持っていることを知っていたので、ヘザリングトンは元々の名である「チェスター」に加え、イエネコの学名 "Felis domesticus" に由来する二つのギブンネームを作り、この三つを「F・D・C」と略した。
ジャック・H・ヘザリングトンとF・D・C・ウィラードの共著という形をとった論文 "Two-, Three-, and Four-Atom Exchange Effects in bcc ³He" は『フィジカル・レビュー・レター』誌にアクセプトされ、35号(1975年11月)で発表された[2][3]。
3年後の1978年、グルノーブルで開かれた第15回低温物理学国際会議(英語版)において、ヘザリングトンの共著者の正体が明かされた。
ヘザリングトンは友人や同僚に自身の書いた論文の写しを送っていたのだが、そこには共著者の"署名"として猫の足形が載せられていたのである[4]。
後に、F・D・C・ウィラード単著の小論 "L'hélium 3 solide. Un antiferromagnétique nucléaire"が執筆され、1980年9月フランスの著名な科学雑誌『ラ・レシェルシェ(英語版)』において発表された[3][5]。これを最後にF・D・C・ウィラードは学術著作の世界から姿を消した。