JABA東京スポニチ大会

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JABA東京スポニチ大会(JABAとうきょうスポニチたいかい)は、一般社団法人JABA関東地区連盟(日本野球連盟傘下)・スポーツニッポン新聞社が主催する社会人野球の大会である。社会人野球日本選手権大会の選考対象大会の1つである。後援毎日新聞社

毎年3月に行なわれるため、社会人野球シーズンの幕開けを告げる大会となっている。

毎年3月に行なわれる地区連盟主催大会の1つであり、16チームが予選リーグ戦・決勝トーナメント戦の併用で優勝を争う。優勝旗は深紅の「大日輪旗」である。優勝チームには他に宮本賞(楯)が授与される。

2007年から社会人野球日本選手権大会の選考対象大会の1つとなり、優勝チームは同大会出場が決まる。かつては、トーナメント戦を採用していたが、2010年から日本選手権選考対象大会の試合形式を統一することとなり、予選リーグ・決勝トーナメント併用となった。

他の地区連盟主催大会は地名をつけて単に「○○大会」と呼ばれるが、この大会はスポニチの名前をつけて「東京スポニチ大会」又は「スポニチ大会」と呼ばれる。一方、スポニチ及び毎日新聞を除く他の新聞においては単に「東京大会」と呼ばれることが多い。なお、スポニチは、社会人の2大ビッグタイトルである「都市対抗野球大会」・「社会人野球日本選手権大会」と並ぶ社会人野球三大(三冠)大会(ごくまれにクラブチームが出場すると、全日本クラブ野球選手権大会を加えた「四大(四冠)大会」)と紹介する場合がある。

出場チーム数・試合形式

従来は前述の通り、社会人野球シーズンの幕開けを華々しく飾る大会として、地区連盟主催大会では最多の32チーム(1995年は第50回を記念して36チームが出場)がトーナメント方式で優勝を争っていたが、2002年日本野球連盟の、「(企業チーム減少の現状に鑑み)地区連盟主催大会の出場チームは24以下とする」との方針から24チームとなり、さらに2007年には22チームに減少した。

ところが、日本野球連盟がこの方針を一部大会について緩和する方針を示したことから2008年には29チームに戻った。しかし、2010年から日本選手権選考対象大会の試合形式を統一することとなり、チーム数は16チームに減少され、大会も予選リーグ・決勝トーナメント併用となった。

開催球場

近年多く使用されている球場は下記の3球場。

この他、2013年・2022年にはさいたま市岩槻川通公園野球場2014年には上尾市民球場が会場として使用されている。

過去に使用されていた球場

歴代優勝チーム

年度(回)優勝チーム決勝戦スコア準優勝チーム備考
1946年(第1回)川崎いすゞ10-4藤倉電線
1947年(第2回)横浜金港クラブ11-10藤倉電線
1948年(第3回)愛知産業9-3鐘紡淀川
1949年(第4回)小口工作所13-4大洋漁業
1950年(第5回)全藤倉4-1大昭和製紙
1951年(第6回)日本生命6-5東京ガス
1952年(第7回)八幡製鐵3-2日本生命
1953年(第8回)大昭和製紙10-3日鉄二瀬
1954年(第9回)全鐘紡5-2大昭和製紙
1955年(第10回)日本生命5-0日鉄二瀬
1956年(第11回)鹿児島鉄道管理局2-0日本石油
1957年(第12回)鐘化カネカロン6-1日立製作所
1958年(第13回)日本鋼管3-1盛岡鉄道管理局
1959年(第14回)日本生命7-2丸善石油
1960年(第15回)日本鋼管4-0ニッポンビール
1961年(第16回)日本石油2-0ニッポンビール
1962年(第17回)日本石油8-7日本生命
1963年(第18回)東芝4-3大昭和製紙
1964年(第19回)いすゞ自動車7-0東芝
1965年(第20回)日立製作所2-0日本生命
1966年(第21回)日本石油2-1クラレ岡山
1967年(第22回)日本鉱業日立4-2日本石油
1968年(第23回)日本生命1-0日本石油
1969年(第24回)河合楽器8-1リッカーミシン
1970年(第25回)日本通運3-2いすゞ自動車
1971年(第26回)日本生命4-1日立製作所
1972年(第27回)三協精機3-0三菱自動車川崎
1973年(第28回)熊谷組5-1日本楽器
1974年(第29回)東芝5-2三協精機
1975年(第30回)熊谷組1-0三協精機
1976年(第31回)電電東京6-5西濃運輸
1977年(第32回)東芝-北海道拓殖銀行
1978年(第33回)大昭和製紙-東芝
1979年(第34回)東芝-熊谷組
1980年(第35回)熊谷組-日本石油
1981年(第36回)東芝-日本生命
1982年(第37回)日本石油-電電関東
1983年(第38回)東芝-国鉄名古屋
1984年(第39回)プリンスホテル-東京ガス
1985年(第40回)日本鋼管-明治生命
1986年(第41回)熊谷組-本田技研
1987年(第42回)日本通運-大阪ガス
1988年(第43回)日本石油-NTT関東
1989年(第44回)プリンスホテル-東芝
1990年(第45回)熊谷組-富士重工業
1991年(第46回)日本石油-東芝
1992年(第47回)NTT東海2-1東芝
1993年(第48回)日立製作所8-1プリンスホテル
1994年(第49回)日本石油11-6プリンスホテル
1995年(第50回)日本石油7-1日本通運
1996年(第51回)東芝10-2JR東日本
1997年(第52回)日本生命11-8三菱自動車川崎
1998年(第53回)日本通運11-1NTT東京
1999年(第54回)東芝5-1東芝府中
2000年(第55回)日産自動車9-3本田技研
2001年(第56回)JR東日本25-13松下電器
2002年(第57回)日産自動車1-0ヤマハ
2003年(第58回)東芝8-4日立製作所
2004年(第59回)東芝4-2三菱ふそう川崎
2005年(第60回)JR東日本6-2シダックス
2006年(第61回)日産自動車8-7シダックス
2007年(第62回)JR九州9-0ホンダ鈴鹿同年度から、優勝チームに日本選手権への出場権が与えられる。
2008年(第63回)新日本石油ENEOS5-3JR東日本
2009年(第64回)新日本石油ENEOS4-2三菱重工横浜
2010年(第65回富士重工業4-1新日本石油ENEOS
2011年(第66回)JX-ENEOS
NTT西日本
[1]
-東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の影響で、
8月に開催する予定だった同年度の都市対抗野球
秋に延期となったため、日本選手権の開催は見送りとなった。
2012年(第67回JFE東日本3-2日本通運
2013年(第68回Honda5-3JX-ENEOS
2014年(第69回JFE東日本8-0日本製紙石巻決勝戦は7回コールド。
2015年(第70回富士重工業1-0Honda
2016年(第71回日本新薬3-1新日鐵住金かずさマジック
2017年(第72回トヨタ自動車6-1Honda
2018年(第73回Honda4-3Honda熊本
2019年(第74回日本新薬4-0東芝
2020年大会中止新型コロナウイルスの影響のため中止となった[2]
当初は無観客試合での開催を予定していたが、
感染拡大に伴い一部球場が使用不可となり、
代替球場も確保できなかったため中止に至った[3]
2021年(第75回三菱自動車倉敷オーシャンズ2-0明治安田生命
2022年(第76回東芝6-0JR九州開幕前にニチダイカナフレックスの2チームが出場辞退。
2023年(第77回東芝3-1Honda
2024年(第78回Honda7–0日本通運
2025年(第79回鷺宮製作所5–2大阪ガス開幕前に日本製鉄かずさマジックが出場辞退。
2026年(第80回JFE西日本10–4JR東日本

注釈

文献

関連項目

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