MIYA-NET
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MIYA-NET(みやねっと)は、埼玉県大宮市(現:さいたま市)に存在していたパソコン通信の草の根BBS。2001年頃自然消滅し、現存はしない。
地域の情報やX68000のZ-MUSICのサポートBBSとして、更には恋の悩みの相談も扱う総合テーマの草の根BBS。テレターミナルモデムやPIAFS、INS-C、INS-P、56kモデムと色々な通信手段でアクセス可能であった。
SYSOPは「七里の住民」と名乗ったが、会員からはオペさんと呼ばれていた。現在七里の住民(ななさとのじゅうみん)は、大門金太(だいもんきんた)とも名乗っている。
パシフィコ横浜や幕張メッセの展示会に出展するという風変わりな草の根BBSであった。ホストのシステムはパソコンショップ「テレニック21大宮店」に設置されていた時期があり、オフラインミーティングはこのパソコンショップの向いの喫茶店「ほわいとあっぷる」で行われていた。
名前の由来
1991年7月、埼玉県大宮市宮町(みやちょう)にあったパソコンショップ「テレニック21大宮店」店内にて開局。 “宮町”の地名から、“MIYA-NET”という名前になった。
大宮市宮町について
大宮市宮町5丁目の一郭はもともとソープランド街。大宮駅東口のロフト(旧:西武百貨店)の前の道を進み、大栄橋をくぐるとそこには桃源郷が広がっていた。
こんな場所によくもまあパソコンショップが存在していたと懐かしむ方も多い。近年ではこの辺りにもメイドカフェが登場するなど、街並みの変化は激しい。
回線数
15回線
通信規格
非同期無手順
モデム300bps~56kbps
INS-C 19.2kbps、38.4kbps
INS-C 57.6kbps(NEC Aterm独自規格)
INS-C 128kbps(2B通信 BUG MN-128独自規格)
INS-P(Dchパケットで運用)
PIAFS 32kbps、64kbps
テレターミナルモデム(日本シティメディア)
対応ネットワーク
Tri-P対応
使用ホストマシン
PC-9821Xe10(最盛期)
使用ホストソフト
BIG-Model16回線版
会費等
会員数
3,000人(最盛期)
ホストマシンの歴史
ホスト設置場所の変移
大宮市宮町のテレニック21大宮店時代
大宮市宮町5丁目にあった「テレニック21大宮店」の店内に、アナログ電話回線4回線を引いて開局した。
当時、店内の中央部分に占めていたX68000の専用台にホストシステムを設置していた。この為、一部熱烈なX68000ユーザーから非難の声が上がった。
テレニック21の名称は、母体会社名の日本インコムからニック(一号店は池袋東口の六又交差点付近)が生まれ、更にビジネス系を扱う“テクニカル”と、ビジネスソフトを“21%”引きで売るパソコンショップからテレニック21となった。
日本インコム
MIYA-NETで培ったノウハウは、当時50店舗程を構える日本インコムの売り上げ集計システムに応用されていた。 日本インコムは1995年2月にMacの安売りに失敗し倒産した。この倒産の間際、ソフトバンクが一斉に商品を引き上げたことが倒産を早めたことは有名。
また、当時ハードディスクメーカーとして有名だったアイシーエムもこの影響を受けて倒産した。
大宮市桜木町のテレニック21大宮店時代
ソープランド街のパソコンショップという点から、店舗の移転は課題であった。
時は東北・上越新幹線の開業で賑わう大宮駅西口、ここにテレニック21大宮店は移転した。
MIYA-NETも難なく新天地に移転した。店内では入り口付近の目立つ場所にホストシステムを設置していたため、草の根BBSとしては珍しいホストシステム公開型の草の根BBSであった。
なお、この時もX68000の専用カタログラックにPRのチラシを入れていたことから、一部熱烈なX68000ユーザーからのバッシングが強かった。しかし、この頃からのX68000ユーザーとの関係が、やがてZ-MUSICユーザーを支える草の根BBSへつながっていった。
この大宮市桜木町のテレニック21大宮店の向かいが、喫茶店のほわいとあっぷるであったことから、ここを使ってのオフラインミーティングを開催していた。
大宮市土手町時代
大宮駅西口前に突如としてソフマップ大宮店が誕生した。なおソフマップは大宮で始めたレンタルソフト屋がその発祥であり、大宮進出はある意味では見通せてはいた。
ソフマップ大宮店登場から1年もたたないうちに、テレニック21大宮店は呆気なく大宮から撤退。その後、浦和市郊外にインコム浦和店として開店したが、半年もしないうちに日本インコムの解散により、インコム浦和店は閉店した。
テレニック21大宮店の大宮撤退時、ホストシステムを大宮市土手町に移設した。
浦和市時代
インターネットのブームが到来する頃、MIYA-NETのホストシステムは浦和市に移設した。
インターネットブームは予想を超えパソコン通信草の根BBSに風当たりが強く、特定のテーマを持たなかったこともあり利用者は激減した。
この頃はもはや存在意義が薄れ、この地がMIYA-NETの最後の地となった。