MUSASHI (プロレスラー)
日本のプロレスラー (1990-)
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経歴
2010年6月11日、みちのくプロレス後楽園ホール大会で本名の佐々木大地として伊東竜二、HIROKIとタッグを組んで対エル・サムライ&佐々木貴&房総ボーイ雷斗戦でデビュー(全員、岩手県出身者)。
2012年6月3日、ヒールユニット「BAD BOY」に加入。
2014年7月21日、郡司歩とタッグチーム「ニュー・フェイズ」を結成。
2015年3月14日、ザ・グレート・サスケ&バラモン・ケイ組に勝利して郡司と共に東北タッグ王座を獲得。12月10日、ニュー・フェイズを解散。
2018年3月、メキシコ武者修行に行く。以降、MUSASHIのリングネームで活動する。
2019年3月、日本に凱旋帰国。3月17日、BAD BOYに再加入。5月6日、剣舞に勝利して東北ジュニアヘビー級王座を獲得。
2020年1月、BAD BOYを再脱退。
2023年3月1日、『ジュニア夢の祭典 〜ALL STAR Jr. FESTIVAL 2023〜』において第3試合のがんばれ!大谷晋二郎10人タッグマッチに出場。10月、体調不良による欠場が続いていたリオ・ラッシュに代わるパートナーを探していたYOHに指名される形で新日本プロレス主催SUPER Jr. TAG LEAGUEに初出場[1]。タッグチーム名は”武蔵小松”。結果は4勝5敗で優勝決定戦に出場できなかったが、この大会で優勝するCatch2/2(TJP&フランシスコ・アキラ組)に勝利を収めている[2]。
2024年1月16日、2月末でのみちのくプロレスからの退団を発表[3]。
同年2月20日全日本プロレス後楽園ホール大会で田村男児の世界ジュニアヘビー級王座防衛戦後にバックステージで参戦表明。同年3月30日大田区総合体育館大会でライジングHAYATOの持つ世界ジュニアヘビー級王座に挑戦するも敗北。その後全日本プロレスに継続参戦表明[4]。
全日本プロレスに継続参戦する中、バックステージで佐藤光留をはじめ、参戦選手、全日本プロレススタッフにいじられるようになり、その中で佐藤光留に「むーちゃん」と呼ばれるようになり、定着するようになる。
同年6月24日、全日本プロレス後楽園ホール大会に参戦し、吉岡世起とのタッグ「むーちゃんせーちゃん」として佐藤光留&田村男児組の持つアジアタッグ王座に挑戦し、奪取。同団体における初戴冠となった[5]。同年7月20日の初防衛戦後、"ミスター斉藤"土井成樹の持つ世界ジュニアヘビー級王座への挑戦を表明、その際全日本プロレスへの所属を志願し、福田剛紀社長の快諾を得て正式に入団した[6]。
その後、アジアタッグは6度防衛後、同年10月13日のキラメッセぬまづ大会での7回目の防衛戦でライジングHAYATO&安齊勇馬組に敗れ王座陥落。
2025年1月2日の後楽園ホール大会で宮原健斗の年始挨拶の際に全日本プロレスの選手会副会長に任命される[7]。
同年1月26日、幕張メッセ国際展示場大会で土井成樹を破り第70代世界ジュニアヘビー級を戴冠。その後2回防衛後、同年5月18日大田区総合体育館で吉岡世起との防衛戦で敗れ陥落。
同年9月15日後楽園ホール大会で"むーちゃんせーちゃん"で青柳優馬&亮生組を下し、アジアタッグ王座を再戴冠。
しかし同年12月31日に行われた我蛇髑髏戦で敗北しベルトが流出。そのまま2026年新春の対戦では先の出来事がきっかけになったのか、同じチームであったのにも関わらずお互いの攻撃が誤爆しせーちゃんこと吉岡世紀と大喧嘩する事態に。
必殺技
第1段目のフィニッシャー。いわゆるフロッグスプラッシュ。飛距離があるため、トップロープから離れ寝ている相手にも届く。一方トップロープ手前に置かれてしまうと、距離が調整できなく自爆してしまったケースもあった。
最上級フィニッシャー。コーナー上に座る相手を左肩に担ぎ上げ、前傾姿勢にして右手で首元を、左手で相手の左足と左腕を固めた状態で左サイドに投げ落とし、後頭部からマットに突き刺す変形エメラルド・フロウジョン。エストレージャフトゥーロで決まらなかった場合に畳み掛けで使うケースが多い。
入場曲
タイトル歴
- 世界ジュニアヘビー級王座 : 第70代[8]
- アジアタッグ王座 : 第124代、第127代(ともにパートナーは吉岡世起)
- 東北ジュニアヘビー級王座 : 第24代、第26代、第30代、第32代
- 東北タッグ王座 : 第22代(佐々木大地として、パートナーは郡司歩)、第33代(パートナーは橋本和樹)
- 大釜最強リーグ戦 : 2020年優勝
- 俺たちのふく面大釜リーグ戦 : 2021年優勝