OMKT枠に始まり、実用に十分耐えるSMK枠から、採掘フィールドの深部化に伴う支持力が大なるシールド自走枠に順次改良強化されていった。太平洋炭礦が最後に導入したシールド自走枠は、ドイツのDBT社のTH-7型枠で2本柱の自走枠となった[1]。
ドラムカッターは当初はシングルレンジグ(首振り型)ドラムカッターであったが、後にダブルレンジングドラムカッターに切り替えた[1][3]。メーカーは、三井三池製作所及びドイツのアイコフ社の物が使われていた。
シールド自走枠同様、最後に導入された物は外国製で、アメリカのJOY社の4LS-5 型の1ドラム1モーター型のものとした[1][4]。
ドラムカッターと言う呼称は日本独自のもので、英語圏はドラムシアラと言う[要出典]。
パンツァーコンベアは当初はダブルチェーンコンベア(チェーンとスクレーパーが縄梯子状の形状をしている)から、センターチェーンコンベア(スクレーパーの中央にチェーンが繋がっている)になり、海外製のパンツァーコンベアに切り替える前にはダブルセンターチェーンコンベア(センターチェーンをダブルにしたもの)を使用していた。三井三池製作所のシールド自走枠を使用していた際のパンツァートラフはボックス型、DBT社のシールド自走枠に切り替えた際に、シグマ型のトラフになった[4]。
なお、パンツァーコンベアの英語名称は、Armored Face Conveyer(略称AFC)である[要出典][5]。
ドラムカッターはヘリカル型を使用していたので積み込み能力はあるが、下盤の切り残し炭や残炭積み込みのためにホーベルが使われていた[3][6]。残炭の積み込み及び下盤の切り残し炭処理のために装備されていたホーベルは最終的に用いられなくなった。残炭は、トラフの切羽面側の形状を切羽面に押し付けた際に積み込めるようにして、処理するようにした。
ゲートのベルトコンベアと切羽パンツァーコンベアを中継する装置で、当初はダブルチェーンコンベアが使用されていたが、最終的にはセンターチェーンコンベアが使用された。ステージローダーには大塊を処理するロールサイザー(クラッシャ)が付属している。また、ステージローダーの上部には、切羽機器のスイッチ類(マインパワーセンター:略称MPC)[6]や盤打ちに用いるバックホーが搭載されている。
太平洋炭礦のSD採炭は、当初こそ、コンベアやホーベルの駆動部を配置するステーブル(機械)座を有していた[1]。後の切羽から、コンベアやホーベルの駆動モーターに大容量の物を用い、片肺で駆動させることにより風坑ステーブル座を廃し、ゲートステーブル座はゲート坑道に駆動モーターを配置し、ゲートパンツァーに石炭を流し込むセパレータと言う中間掻き板装置を開発することにより廃した[3]。ステーブル座を有すると、切羽内での人力作業を廃することが出来ず重装備機械化による能率の向上を阻害する。
当初は片肺運転であったホーベルとパンツァーコンベアも切羽面伸長に伴い、両肺運転に変更されたが、風坑側のコンベア駆動用モーターは横抱き、ホーベルはT型配置とした[7]。
ホーベルの駆動用モーターも後に横抱き方式の片肺運転に切り替えられた[6]。
太平洋炭礦では、SDと言う独自の名称が使われていたが、他の炭鉱では、シールド自走枠とドラムカッター、シールド自走枠とホーベル、鉄柱カッペとホーベル、鉄柱カッペとドラムカッターの組み合わせであれ、独自の名称は使われず、長壁式採炭の英語名称であるLong-wall miningの略称であるロングと呼称していていた[要出典]。
最初に導入したシールド自走枠が旧ソ連のものであったこともり、三井三池製作所ので造られた物は、英語読みではなく、ロシア語読みで自走枠のモデル名を呼称していた[要出典]。