Tehu

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Tehu(てふ)、本名:森宮 惺(もりみや さとる、1995年8月16日 - )は、日本ソフトウェア開発者デザイナー[1][2]。出生時の本名は張 惺(ちょう さとる)[2]

2009年、14歳でiPhoneアプリケーション『健康計算機』を開発したことで注目を集め[3]、「中学生アプリ開発者」「スーパーIT高校生」として知られた[4]

2014年(19歳)の不祥事(後述)以降、ハンドルネームの「Tehu」ではなく本名を名乗って活動することが多い[5]

2020年(24歳)以降は株式会社パブリックテクノロジーズ最高技術責任者(CTO)を務める[1][6]

生誕 張 惺(ちょう さとる)
(1995-08-16) 1995年8月16日(30歳)
日本兵庫県 神戸市
国籍 中華人民共和国の旗 中国日本の旗 日本
別名 Tehu(てふ)
概要 もりみや さとる 森宮 惺, 生誕 ...
もりみや さとる
森宮 惺
生誕 張 惺(ちょう さとる)
(1995-08-16) 1995年8月16日(30歳)
日本兵庫県 神戸市
国籍 中華人民共和国の旗 中国日本の旗 日本
別名 Tehu(てふ)
出身校 灘中学校・高等学校(2014年)
慶応義塾大学 環境情報学部(2020年)
職業 ソフトウェア開発者デザイナー
活動期間 2009年-
代表作 iPhoneアプリケーション『健康計算機』、『放射能計算機』
身長 196 cm (6 ft 5 in)
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経歴

生い立ち

1995年8月16日、中華人民共和国出身の両親のもと移民2世(在日中国人)として兵庫県神戸市に生まれる[6]。両親は中国で高所得層の歌手であったが、来日後は低賃金の皿洗いで生計を立てていた[7]

胎児期に阪神・淡路大震災が発生した。母は育児のために神戸市へ転居した直後に被災し、居住していたアパートメントは全壊した。震災の7ヶ月後に出生した[8]

出生時は中国国籍であり[9][10]、本名は張 惺であった。家庭では中国語で会話した。小学校は中華系のインターナショナルスクールに通った[7]が、中華街などの中国人コミュニティには深く関わらず、「日本人の社会で基本的に育ち、自分は日本人だという意識があった」という[6]

両親は教育熱心であった。3歳から公文教育研究会英語算数国語日本語)の学習を始め、「5歳で微分・積分を学習していた」と述べている。英語には音声教材を用いて取り組んだ。ただし、公文の英語教材では英単語の発音をカタカナ表記しているが、母はその表記には反対してカタカナ部分を修正テープで隠し、フォニックスを惺に指導したという(なお両親は英語を話せなかった)[7]

小学校2年で実用英語技能検定3級を取得し、うちリスニングテストでは満点を取ったという[7]

惺は名門の灘中学校・高等学校に入学して医師になることを求められており、小学4年から公文をやめて日能研で受験勉強を開始した。英語はインターネット経由で聞く訓練を続け、日能研内の週1回の模擬試験では英語で全国1位を取ったことがあるという[7]

小学校6年からは一般の公立校へ転校し、卒業後は灘中学校へ最下位で合格(合格発表時の220人中220位)して進学した[7]

技術者として

2歳時からコンピュータに触れていたという[8]

灘中学進学後、当初は物理学化学系研究者を志していたが、学校の隣席の生徒が中学1年にして大学院の数学に取り組んでおり、その隣席の生徒は大学の物理学の問題集を解いているのを目撃するなどして同級生の優秀さに圧倒され、断念した。後に後者の生徒は物理オリンピック金メダルを獲得しており、他の同窓生にも数学オリンピック化学オリンピックの入賞者がいた[8][7]

2008年7月(中学1年)の iPhone 3G 日本発売後、8月に13歳の誕生日プレゼントに買い与えられ、Appleに夢中になった。12月にはMacを買い与えられた。父との交渉で、学校の成績で学年内30位以内に入ることを条件とされ、180位から20位に上げたという[7]

その後、インターネットで「シンガポールの9歳児がiPhoneアプリケーションを開発した」との話題を見かけた。単純なアプリだったが、2万ダウンロードを記録しており、これなら自分でもできるのではないかとプログラミングの勉強を始めた。なお、その9歳児の父は大手IT企業最高技術責任者だったという[7]

当時、中学内にコンピュータを使っている生徒は少なく、自己独自の価値を見出すためにとプログラミングに注力した[8]。1日10時間ほどプログラミングを勉強し、半年間ほどで一定の能力を得たという[7]

2009年10月、中学2年生(14歳)でiPhoneアプリ『健康計算機』(身長体重を入力するとBMIを計算しグラフ化するもの)を開発しApp Storeで公開した。各種メディアに取り上げられ、180万ダウンロードを記録し、日本版App Storeの無料アプリ総合ランキングで最高3位にランクインした。開発の契機は学校健診で肥満肝機能障害を指摘され、自身のBMIを簡便に計算したかったことだという。「開発期間は3時間だった」と述べている[8]。途中からアプリ内に広告を導入したところ、最高で毎月30~40万円程度の収益を得たという[7]

2010年(中学3年)時に動画共有サイトユーストリームで自身の冠番組『Tehuのオールナイトニホン』を放送開始した。Apple社の新製品記者発表会で iPhone OS 4 が iOS 4 に改名された際の動画を英語から日本語へ同時通訳した生放送では、深夜2時にもかかわらず6000人が視聴した。さらに iPhone 4S の記者発表を通訳して生放送した際は35万人が視聴した[8]

2011年3月11日(中学3年、15歳)に東日本大震災による福島第一原子力発電所事故が発生した際は、3月20日に放射線関連の計算を行うiPhoneアプリ『放射能計算機』を開発・公開し、65万ダウンロードを記録した。通常、iPhoneアプリの公開にはAppleへ申請してから約1週間を要するが、「Apple本社に電話して緊急承認を訴え、例外的に2日間で承認された」という[8]

2013年10月から『週刊プレイボーイ』のWebサイトにて、アイドルに関するコラムの連載を開始する。連載は2014年6月で終了する[11]

2014年灘中学校・高等学校を卒業後、AO入試で慶應義塾大学環境情報学部に進学する[12]留年[13]の後、2015年春より「自分が何をしたいか分からなくなった[14]」ため、同学を休学[15]。2020年3月、同校を卒業[16]

2015年3月講談社が運営するWebメディア「現代ビジネス」のCTO(最高技術責任者)に就任し、同サイトのUI/UXの改善を行うと宣言した[17]

2016年8月31日に同サイトが全面的にリニューアルされるも[18]、使いづらさや見にくさをコラム執筆者の長谷川幸洋に酷評される[19]

株式会社NO BORDER アドバイザーを務めていた[20]が、現在は退任している。

現在は「プロデューサーやCTO(最高技術責任者)として8社の事業に関わっている[21]」と自称しているが、詳細は明らかにしていない。

2024年(26歳)以前に日本国籍を取得し[6]、本名を森宮 惺に改めた[1]

評価

2012年(16歳頃)にビジネス誌東洋経済オンライン』の誌面企画「新時代リーダー50人」に選出された[2][4]

2014年12月(19歳)、週刊誌AERA』の誌面企画「日本を突破する100人」に選出された[2][4]

不祥事・批判

小学4年生を騙った政治批判ウェブサイトを作成

2014年(19歳、大学1年生)の第47回衆議院議員総選挙に関して、「どうして解散するんですか?」という、政権批判とも言えるウェブサイト青木大和のコンセプトを基に作成した[22]。このサイトは、当初「小学4年生が作成したもの」とされていたが、後にTehuと青木大和によるものと判明した。

サイト自体は小学4年生が作れるようなものでないことは明白だったが、子供を騙ったこととカウンターを偽装するなどの手法が強い批判を受けた[23]。当時の内閣総理大臣である安倍晋三も「批判されにくい子供になりすます最も卑劣な行為」と非難した[24]

また、ボタンを押すと政治家のTwitter宛てにスパムが送信される仕組みになっていた[25]

Tehu本人は「過剰な演出により、衆院解散への問題提起という本来の意図を超えて、多くの方々に大きな誤解を与えてしまう結果となった」として謝罪した[26]

2020年のインタビュー記事では「あの当時、最も残念だったのは、小4は誰かという点だけが取りざたされ、解散の是非についての建設的な議論がまったく起こらなかったことでした。我々が提起したかった問題は問われなかったのです」と発言している[14]

人物

日本語中国語英語を話せるトリリンガルにあたる。

青年期以降の身長体重、また生月日プロ野球選手ダルビッシュ有とほぼ一致している[8](196cm、約100kg、8月16日生)。

父は2013年9月時点で、大手メーカー企業の中国向けの映像へのナレーションを担当していた[7]

2013年9月(18歳、当時は中国籍)時点で、「中国国籍に対するコンプレックスがある」、「国籍を攻撃してくる人たちよりもずっと日本が好き」、「帰国子女が嫌い」「日本では郷に入っては郷に従え」と日本への愛着を語っている[27]

著書

単著

  • 『「バズりたい」をやめてみた。』(2020年、CCCメディアハウス)

共著

  • 『スーパーIT高校生"Tehu"と考える 創造力のつくり方』(2013年、角川書店、Google元副社長である村上憲郎との共著)

メディア出演

テレビ

雑誌

Web

脚注

外部リンク

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