いぶすきゴルフクラブ

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開業 1968年昭和43年)8月23日
運営 メンバーシップコース
いぶすきゴルフクラブ
開門コース
Ibusuki Golf Club
Kagoshima Aerial
いぶすきゴルフクラブ
いぶすきゴルフクラブ周辺の空中写真。
2018年4月29日撮影の2枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
鹿児島県指宿市開聞川尻6660番地
座標: 北緯31度11分2.87秒 東経130度32分49.25秒 / 北緯31.1841306度 東経130.5470139度 / 31.1841306; 130.5470139
概要
開業 1968年昭和43年)8月23日
運営 メンバーシップコース
設計 井上 誠一
運営者 いわさきホテルズ株式会社
トーナメント2019年 第87回 日本プロゴルフ選手権大会
コース
開門コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4433 1 4430
2 4405 2 4388
3 4435 3 3179
4 3186 4 5545
5 5638 5 4411
6 3201 6 4410
7 4410 7 4437
8 5530 8 3206
9 4399 9 5508
363637 363514

その他
公式サイト いぶすきゴルフクラブ
テンプレートを表示

いぶすきゴルフクラブは、鹿児島県指宿市開聞川尻に広がるゴルフ場である。

「いぶすきゴルフクラブ」は、鹿児島県を中心に観光交通事業などを事業とする「いわさきグループ」が、新たなゴルフ場の建設に向け母体会社「いわさきホテルズ株式会社」を設立、ゴルフ場経営に乗り出したことに始まる[1]1959年昭和34年)、開聞岳の麓、鹿児島県指宿市開聞川尻に「いぶすきゴルフクラブ・開聞コース」の計画が始まった[1]岩崎産業株式会社岩崎與八郎にとって、いぶすきゴルフクラブ・開聞コースの建設は、大隈薩摩半島を中心とした鉄道ホテル網を広げるいわさきグループの念願であった[1]

岩崎は、日本有数のトーナメントコースをという計画から、コース設計者に井上誠一を要請したが、井上は指宿は遠いからと敬遠された[1]。岩崎は飽きらめず、何回も井上の自宅を訪れ頼み込み押し切った[1]。開聞岳のゆったりした丘陵に立った井上は、設計を快諾した[1]1968年昭和43年)8月23日、18ホール規模のゴルフ場が開場された[1]

コースは、薩摩半島の南、薩摩富士といわれる開聞岳の裾野、自然の地形を活かした丘陵コースで、開聞おろしと海風が交差する難易度の高いコースである[2][3]

日本のプロゴルフメジャー大会の1つ、日本プロゴルフ協会主催競技でもあり、日本選手権大会に相当する、日本プロゴルフ選手権大会などの大会開催の実績がある。

所在地

〒891-0602 鹿児島県指宿市開聞川尻6660番地

コース情報

  • 開場日 - 1968年8月23日
  • 設計者 - 井上 誠一
  • 面積 - 1,650,000m2(約49.9万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、7,151ヤード、コースレート74.4
  • グリーン - 1グリーン、ニューベント
  • フェアウエイ - ノシバ
  • ラフ - ノシバ
  • ハザード - バンカー71、池が絡むホール1
  • プレースタイル - 乗用カート(5人乗り)、リモコン式、全組キャディ付き
  • 練習場 - 40打席 250ヤード
  • 休場日 - 12月31日[4][5]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 3,325m2(1,005坪)
  • ハウス設計 - 岡野 寛次
  • ハウス施工 - 大成建設株式会社[4][5]

ギャラリー

交通アクセス

メジャー選手権

エピソード

  • 「いぶすきゴルフクラブ・開聞コース」は、井上誠一が描いてきた代表的シーサイドコース「大洗ゴルフ倶楽部」(茨城県、1953年昭和28年)開場、設計・井上誠一)「下関ゴルフ倶楽部」(山口県、1956年(昭和31年)開場、設計・上田治)にもないものだった[8]
  • 1955年(昭和30年)代初め、指宿は「いぶすき」と正しく読める人は少ない田舎温泉地だった。そこに、岩崎與八郎は、1959年(昭和34年)、指宿観光ホテルを開業した[8]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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