ホーリネス運動
キリスト教のムーブメントのひとつ
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
ルーツ
- 宗教改革の救いと恵みの教理、信仰義認。
- 17世紀のピューリタン。聖書の至上の権威を強調する、国教会に対するフリー・チャーチ運動。
- 敬虔主義。17世紀ドイツのフィリップ・ヤーコブ・シュペーナーと、フス派の流れをくむモラヴィア兄弟団によって敬虔な生活が強調された。
- フレンド派(クウェーカー)。内なる光の強調。
- 1730年、イングランドの福音主義リバイバル。メソジストのジョン・ウェスレー、チャールズ・ウェスレー兄弟。
- 第一次大覚醒。18世紀から19世紀。ジョージ・ホウィットフィールド、ジョナサン・エドワーズのリバイバル。個人的回心の強調。
- 第二次大覚醒 チャールズ・フィニーらのリバイバル。個人的回心の必要性の強調と、伝道的なリバイバル・ミーティング。

日本での展開
日本での最初のきよめ派の組織は、1900年ごろメソジストを脱退した中田重治が呼びかけて結成された聖潔の友(ホーリネス・ユニオン)である。
日本におけるホーリネス運動の中心である日本ホーリネス教会は、1901年アメリカ人宣教師チャールズ・カウマンと中田重治によって神田で中央福音伝道館という名で始められた。最初は、教団にする予定はなかったが、組織が拡大していったので、1917年に東洋宣教会ホーリネス教会という名称で教団組織化した。
このホーリネス運動には、二つのタイプがあるとされている。すなわち、
- トラディッショナル的ホーリネス
- 戦前の日本ホーリネス教会を中心として展開したホーリネス運動は、18世紀のジョン・ウェスレーによるメソジスト運動の中核的な霊的核心の立場を堅持したものであった。聖会などで瞬時的きよめも強調され、多くのきよめの体験を受けた教職信徒がいた。その経験から力強い信仰生活へと導かれ、教勢拡大の原動力となり得たことは明白である。
- きよめの後の信仰の成長は、メソジスト的ホーリネスと同様に組会等を通して成長を与えられて行ったが、いずれの立場のホーリネスも信仰の斬新的成長は課題である。いずれが優れていると言うような論議は不毛の論議である。中田の高唱したきよめへの勧めは迫力のあるものであり多くの恵みの確信を握るものを輩出し、日本の教会史で類を見ない神の御業がなされていった。
- メソジスト的ホーリネス
リバイバル・リーグ、1940年 - 彼らはホーリネス運動の原点である18世紀のメソジスト運動への復帰を願い、転機的な全ききよめの経験とともに、その前後の、特に転機的な経験を得た後の、きよめられた者としての日常生活のあり方をメソジスト的にするように、すなわち、真面目に恩寵の手段などを遂行してゆくように指導した。
- この「メソジスト的ホーリネス」の運動は、戦前、蔦田二雄を中心として教派の枠を超えて展開しつつあったリヴァイヴァル・リーグ(リバイバル・リーグ)の運動に見られた。
主な教団
ホーリネス系
英国国教会系
- 日本伝道隊(1903年創立) - ヒュー・ブラウン(「なぜ、人を殺してはいけないのですか」著者)などが所属。
- 日本イエス・キリスト教団(1951年創立)
(柘植不知人)
英国メソジスト系
メソジスト系教団の一部を加えることもある。
米国メソジスト系
- 日本ナザレン教団(1953年創立)
- 日本自由メソヂスト教団(1953年創立)
- 日本フリーメソジスト教団(1984年創立)
- 東京フリー・メソジスト教会(1953年創立)
- シオン・キリスト教団(1953年創立)
- チャーチ・オブ・ゴッド
- 福音伝道教団