日本福音教団

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創立者 星野栄一
設立 昭和28年6月2日
所在地 東京都足立区鹿浜8-18-4[1]
日本福音教団[1]
創立者 星野栄一
団体種類 包括宗教法人[1]
設立 昭和28年6月2日
所在地 東京都足立区鹿浜8-18-4[1]
法人番号 7011805001308
主要人物 野村正幸(総会議長)[1]
活動地域 日本全国
収入 不明
支出 不明
ボランティア人数 不明
従業員数 不明
ウェブサイト 不明
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日本福音教団(にほんふくいんきょうだん)は、野村正幸が代表を務める日本の宗教法人である[1]プロテスタントホーリネス系の団体[2]

  • 1952年、太平洋戦争も終わり、講和条約を通して、日本も独立し、後の指導者である吉野勝栄、星野栄一らは、戦後しばらくは日本基督教団ホーリネスの群の中で活動を続けていた。また、東京聖書学院を設立し、多くの教職者を輩出した。
  • 1953年、吉野勝栄、星野栄一らは、私共同志と共に日本基督教団から出て、同年6月「日本福音教団」を設立、宗教法人の認可を受けた。吉野勝栄師を初代の総会議長にし、副議長に星野栄一を選出した。
  • 1971年、日本福音教団から離脱した教会が、吉野勝栄、加藤博重らを指導者として「日本福音教会連合」を設立した。日本福音教団は分裂し、日本福音教会連合と分かれた。第2代の総会議長に星野栄一師が推挙され、その時代より韓国、中国の宣教師を受け入れ、各地の伝道を応援する。 
  • 1996年、9月に星野師が死去。10月に福音聖書教会での臨時総会で、武井啓治師が議長に選ばれたが、諸事情により日本福音教団を離脱され、平岡忠雄師が議長代行と1年余星野師、武井師の残期を全うされる。 
  • 1998年、3月に教団第26回総会にて、田辺誠一師が総会議長に推挙された。
  • 2002年、創立50年になった教団の記念集会と記念誌の発行が出来た。
  • 2004年、3月に前体制になる。
  • 2018年
    • 2月12日に「日本人教職者・信徒リバイバル聖会」が東京の福音聖書教会(田邊誠一牧師)で開催され、日本福音教団再生の道筋の土台が固められた。
    • 3月7日の臨時総会を経て6月19日には東京の聖都教会で年会・総会が開催され、議長を野村正幸が務め、新しい七人の責任役が承認された。
  • 2019年4月30日、東京の日本ベテル教会の年次総会において、野村正幸牧師が代表役員、総務は白均鉉(ペク・キンケン)牧師が選ばれた。  

特色

クリスチャン情報ブックでは下記の通り解説される[4]

  • 「福音を全日本へ」をモットーに日本での宣教だけではなく、アジアにも積極的にかかわりを持っている。
  • 四重の福音の強調。特に、アガペー・ホーリネスの信仰を強調する。
  • ジョン・ウエスレーの教義である「クリスチャンの完全」を目指し、中田重治の主張された、新生・聖化・神癒・再臨を受け継ぎ、ホーリネスの流れを汲み、66巻の旧新約聖書を神の霊感で書かれたことを信じ、時が良くても悪くても、あやまりなく、神の言を伝え、主イエスが定められた、洗礼と聖餐の式典を忠実に守っている。尚、政治などには国のために祈るが、直接に参与せず、聖霊に満たされて、主イエスの証人となることを目標にし、「福音を全日本へ」とをモットーにして進んでいる。
  • 中田重治監督のリバイバル、そしてイスラエルの回復、その他様々な問題の中、分裂して、聖教会、米田豊師、車田秋次師他と共に、聖教会に加盟していたが、太平洋戦争により、政府の命令で日本基督教団に統括されていた。

教憲

脚注

参考文献

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