さがみ三太・良太
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メンバー
- 静岡県浜松市鴨江町の生まれ。1955年16歳の時に初代相模太郎に入門。芸名を相模金時で秩父劇場で初舞台。1960年より相模五郎と改名し、司会、漫談に転向しその後、1974年良太とコンビを組む。現在は漫談家として活動。日本浪曲協会、漫才協会に所属していたが、2022年時点では両協会を離れている。「相模太郎」の名跡を預かる。芸名の由来は灰神楽三太郎から。2006年、静岡市駿河区にオープンした温浴施設「すんぷ夢ひろば」(その後2010年頃に閉鎖、のちに「大江戸温泉物語 天下泰平の湯すんぷ夢ひろば」→2020年現在「リバティリゾート久能山」) に併設された「すんぷ演芸場」のプロデュースにも携わっていた[1]。そのため一時静岡県に居住していた。漫才研究家の神保喜利彦によると2023年12月24日に亡くなったとのことである[2]。
芸風・ギャグ
三太は概ね和装。対する良太は洋装。この洋装の良太が三味線を抱えて曲を奏でながら、三太が朗々と歌う。いよいよ盛り上がってきたところで突如「丁度時間となりました」と三太が締めに入ってしまう。
良太が「まだ早いよ」と突っ込んでいなし、話を進行させる。暫く進んでまた三太が「丁度時間と…」と締めに掛かる。良太が「だからまだだって!」と突っ込み話を進行させる。
両名が登場して三太が自己紹介をした後「丁度時間と…」と持って行くパターンもあった。