歌舞伎役者・市川右團次(のちの初世市川齊入)の弟子に、三津寺の門前の膏薬屋「本家びっくり膏」の息子・右三郎がいたという。右三郎は、母が作る膏薬を塗りながらのトンボ返りの猛練習の甲斐あって、いい役がつくようになっていた。
右三郎は、ある雨の夜、芝居茶屋で傘を借りて帰宅する途中、傘が急に重くなったので、傘をつぼめてみるが、何もない、という怪異にくり返し襲われる。「こら『まめだ』のせいやな。しょうもないテンゴ(=いたずら)しやがって。ようし、ひとつ懲らしめたれ」と傘を差したままでトンボを切ってみせると、何かが地面にたたきつけられて悲鳴が聞こえ、黒い犬のようなものが逃げて行った。
ある朝、右三郎は自宅の店で母から「どうもけったい(=変)や。このごろ、色の黒い陰気な丁稚が膏薬を買いに来るのやが、それが買いに来てからというもの、あとで勘定が合わんねん。1銭足らいで(=足りなくて)、代わりに銀杏の葉ァが1枚入ってんねん」と言われる。それを聞いた右三郎は、「アホ言いな。落ち葉の時期や。三津寺(みってら)さんの前、銀杏の葉ァだらけや」と笑ってすましてしまう。
そのうち、勘定は元通り合うようになり、丁稚も店に来なくなる。
ある朝、右三郎が芝居小屋に出かけようとすると、三津寺に人だかりがしている。皆が「境内に、体一杯に貝殻つけた『まめだ』が死んどンで」というので見てみれば、その貝殻は「本家びっくり膏」の容器に使用しているものであった。右三郎は、あのトンボを切った雨の夜に「まめだ」が強く体を痛めたために、丁稚の姿に化け、銀杏の葉を金に変えて膏薬を買いに来ていたことを悟る。
「お前な、言わんかい、教(お)せたンねやがな。紙かキレ(=布)に伸ばしてあてがわなんだら(=あてがわないと)いかんのに、貝のままベタベタ毛ェの生えた体に付けて、何が効くかいな……」
右三郎がそう言うなり絶句すると、母親と町内の者はいたく同情し、三津寺に頼んで簡単な葬儀を取り計らってもらう。住職が読経を始めると、突如、秋風が吹いて、銀杏の落ち葉が「まめだ」の死骸を覆った。
「あ、お母はん見てみ。タヌキの仲間から仰山(ぎょうさん=沢山)、香典が届いたがな」