アエロ Ae-45
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運用の歴史
Ae-45の試作機は海外にも広く宣伝され、1949年8月に登録記号OK- DCLの機体が英国で催されたノートン・グリフィス・レース(Norton Griffiths Race)で優勝した。Ae-45は幾つかの世界記録も樹立し、その結果を受けて東側諸国とは別にイタリアやスイスでも購入された。1958年8月10日 - 11日にイタリアのAe-45が南アメリカからダカールまで南大西洋横断の3,000 kmを翔破した。(チェコスロバキアの機種としては初めてのことであった)1981年にはヨン・スヴェンセン(Jon Svensen)がAe-45S でヨーロッパからアメリカ合衆国まで飛行した[1]。
Ae-45はチェコスロバキアで使用され、中華人民共和国、東ドイツ、ハンガリー、イタリア、ポーランド、ルーマニア、ソビエト連邦やスイスに輸出された。中でもハンガリーは主要なユーザーであり、Ae-45はKócsag(ハンガリー語で"オオシラサギ")の名で知られた。
派生型

- アエロ 45
- 最初の量産モデル。1948年から1951年にかけてアエロ社の工場で200機製造。
- アエロ 45S "スーパーアエロ(Super Aero)"
- KunoviceのLETクノヴィツェ社の工場で製造されたより高性能の航法装置などを取り付けた改良モデル。1954年から1959年にかけて228機製造。
- アエロ 145
- LET社で開発、製造されたエンジンをスーパーチャージャー付きのアヴィア(Avia) M332に換装したモデル。1959年から1963年にかけて162機製造。
- アエロ 245
- 実験用モデル。製造されず。
- アエロ 345
- 実験用モデル。製造されず。
- スンガリ-1(Sungari-1)
- 1958年から中華人民共和国でライセンス生産されたAe 45S[1]。
運用
要目
(Super Aero 45)
- 乗員:1名
- 乗客:3 - 4名
- 全長:7.54 m (24 ft 9 in)
- 全幅:12.60 m (46 ft 7 in)
- 全高:2.30 m (7 ft 7 in)
- 翼面積:17.09 m² (184 ft²)
- 翼面荷重:88 kg/m² (18 lb/ft²)
- 空虚重量:960 kg (2,112 lb)
- 運用重量:1,510 kg (3,322 lb)
- 最大離陸重量:1,600 kg (3,527 lb)
- 馬力重量比:0.08 kW/kg (0.05 hp/lb)
- エンジン:2 × ヴァルター=マイナー(Walter-Minor)-III 直列4気筒レシプロエンジン, 77 kW (105 hp)
- 最大速度:270 km/h (146 knots, 168 mph)
- 巡航速度:285 km/h
- 巡航高度:1,350 m (4,429 ft)
- 航続距離:1,600 km (864 nm, 1,000 miles)
