アグワン・ドルジェフ From Wikipedia, the free encyclopedia アグワン・ドルジェフ(英: Agvan Dorjiev、露: Агва́н Лобса́н Доржи́ев、ブ: Доржиин Агбан、チベット文字: ངག་དབང་བློ་བཟང་རྡོ་རྗེ་; ワイリー方式: ngag dbang blo bzang rdo rje、1854年 - 1938年)は、ブリヤート人のチベット仏教僧。日本ではドルジェフと呼ばれることが多いが、ドルジーエフとも表記される[1]。 アグワン・ドルジェフ 経歴 ダライ・ラマ13世の教師であり、外交面においては「ロシアこそシャンバラである」と主張しロシア帝国寄りの姿勢をとった。 1913年、チベット・モンゴル相互承認条約をチベット側の代表として締結した。 スターリン政権下の1937年、モンゴルおよび日本のスパイ容疑で逮捕され、翌1938年に獄中死。 脚注 [1]棚瀬慈郎 『旅とチベットと僕』 講談社、2013年、235頁。 参考文献 河口慧海『チベット旅行記(四)』 講談社〈講談社学術文庫〉、2004年、82-99頁、ISBN 9784061582668 棚瀬慈郎『ダライラマの外交官ドルジーエフ』岩波書店、2009年、ISBN 9784000237833 関連項目 グレート・ゲーム グンゼチョイネイ・ダツァン 外部リンク チベット仏教資料センター(英語)この項目は、ロシアに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:ロシア/PJ:ロシア)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks