モンゴル年代記によると、ハルグチュクはオルジェイト妃子という「雪のように肌が白く、血のように頬の赤い」美貌の妻を持つことで知られていた。ある時チョロースのゴーハイ太尉の進言によってオルジェイト妃子の存在を知ったエルベク・ハーンはゴーハイ太尉を派遣し、オルジェイト妃子を自らの妻(ハトゥン)にしようとした。しかしオルジェイト妃子は、著者不明の『黄金史綱』によれば、「天地を併せることができましょうか/上帝は嫁を横取りし得ましょうか/貴方の子のドゥーレン・テムル・ホンタイジは死んだのでしょうか/ハーンは黒き狗になられたのでしょうか」と語ってエルベク・ハーンの要求を拒絶した。
これを聞いたエルベク・ハーンは怒り、ハルグチュクを待ち伏せして殺し、力尽くで既に妊娠していたオルジェイト妃子を自らの妻にしてしまった。オルジェイト妃子はこのことを恨みに思い、計略によってエルベク・ハーンにゴーハイ太尉を殺害させ、更にエルベク・ハーンはケレヌートのオゲチ・ハシハに殺されてしまった。オルジェイト妃子は今度はオゲチ・ハシハに娶られ、そこでハルグチュクの長男としてアジャイ・タイジが生まれたとされる(オルジェイト妃子の妊娠とアジャイ・タイジの出産は『黄金史綱』に記載がなく、後世の創作ではないかとする説もある。アジャイ・タイジはアダイ・ハーンと同一人物ではないかとの指摘もあるが、これは誤りとする説が主流である)。また、オゲチ・ハシハはアジャイ・タイジを養子にしたという。
養父にあたるというオゲチ・ハシハが1402年に亡くなった後、オイラダイ・ハーンの時代、オルジェイト妃子とアスト部のアルクタイ太師の2人と共にオイラダイ・ハーンの家で召し使われていた。1425年にオイラダイ・ハーンが死去するとサムル公主(アジャイ・タイジの父のハルグチュクの姉妹)の助けよって、オルジェイト妃子と共に東モンゴルに帰国した。帰国後、オルジェイト妃子はアダイ・ハーンと再々婚したという。