アストゥリアス家
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西ゴート王国の貴族出身のペラーヨがアストゥリアス地方でイスラム軍を破り、同地に王国を建国したのが始まりである。以後、ペラーヨの一族とその婿でカンタブリア公ペドロの子アルフォンソ1世の一族の両方で王位を継承したが、789年アルフォンソ1世の甥ベルムード1世が王となって以降は、ベルムード1世の子孫が一族内で継承争いを繰り返しながら王位についた。
910/4年にガルシア1世は首都をオビエドからレオンに遷し、国名も「レオン王国」となった。1037年、ベルムード3世がカスティーリャ・ナバラ連合軍との戦い(「カリオンの戦い」)で戦死したが、ベルムード3世に継嗣がなく、王位はベルムード3世の妹サンチャと結婚していたカスティーリャ王フェルナンド1世のものとなり、以後、カスティーリャ王家がレオン王位も継承した。