アスベスト館

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アスベスト館(アスベストかん)は、1952年元藤燁子が東京・目黒に設立した劇場である。1952年から1960年代初めにかけては「津田信敏近代舞踊学校」として前衛舞踊の活動拠点、1960年代以降は土方巽によって「アスベスト館」と改名され暗黒舞踏の活動拠点となった[1]。アスベスト館の場所は1942年まで存在したハンセン病療養所「慰廃園」の土地の一部である。舞踏家ダンサー美術家作家など、前衛的な芸術活動の拠点となり、さまざまな作品が生み出された。2003年6月経済的理由から閉館。

出典

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