アドラブル
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前身バンド、ザ・キャンディ・シーヴズ(The Candy Thieves)のギタリスト交代を受けてバンド名を変更、アドラブルとしての活動を開始する(メンバーは全員同じ大学の同級生)。地道なライブ活動の末、1992年にクリエイションと契約。カーヴのツアー・サポートを務めた後、同年5月にファースト・シングル「Sunshine Smile」をリリースし、全英インディーズ・チャートのトップを飾る。その後にリリースされた3枚のシングルも全てインディーズ・チャートのトップ5にランクイン。
ボーカルのピョートルはエコー&ザ・バニーメンに多大な影響を受けており、プレスでも度々バニーメンをリスペクトする旨の発言をしている[1]。その一方で、当時現れては消えていったシューゲイザー・バンド群に対して嫌悪感を表明してもいる[2]。また、「Adorable(崇拝できる、愛らしい)」というナルシスティックなバンド名や、自信過剰とも取れる歌詞や言動から、スウェードをはじめとするネオ・グラムの一派として見られていた[3]。
シューゲイザー・ムーブメント末期の1993年3月にファースト・アルバム『アゲンスト・パーフェクション』を発表。グランジやニュー・ウェイヴなどからの影響を匂わせる内容だったが、全英70位という結果に終わる。リスナーからは「イアン・マッカロク(エコー&ザ・バニーメンのボーカル)が歌うハウス・オブ・ラヴ」などと冷たくあしらわれ、加えてブリットポップ・ムーブメントの台頭(同時期にスウェードもファースト・アルバムをリリースしている)によりバンドへの向かい風は厳しいものだった。その後、バンドはツアーでアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本を回った。1994年9月にセカンド・アルバム『フェイク』を発表。ファースト・アルバムでの周囲の反応をものともせず、前作と同じ作風を貫いた結果、全英チャート入りを逃す。次第にメンバーの仲とクリエイションとの関係も険悪になり、同年暮れにブリュッセルのステージ上で解散を発表。4年に満たない短い活動期間に幕を閉じた。なお、2019年に最後のライブから25周年を記念して再結成ツアーを行ったことがある[4]。