アヌティン・チャーンウィーラクーン
タイの政治家
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アヌティン・チャーンウィーラクーン[1](タイ語: อนุทิน ชาญวีรกูล, RTGS: Anuthin Chanwirakun タイ語発音: [ʔā.nú.tʰīn tɕʰāːn.wīː.rā.kūːn]; 英語: Anutin Charnvirakul、1966年9月13日 - )は、 タイ王国の政治家、首相(第40代)、タイ誇り党党首。中国語の名前は陳錫堯(拼音: , 粤拼: can4 sek3 jiu4)。家では広東語を話す。
| アヌティン・チャーンウィーラクーン อนุทิน ชาญวีรกูล | |
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| 生年月日 | 1966年9月13日(59歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | ホフストラ大学 |
| 所属政党 | タイ誇り党 |
| 配偶者 | Sasithorn Charnvirakul |
| 内閣 | アヌティン内閣 |
| 在任期間 | 2025年9月7日 - 現職 |
| 国王 | ラーマ10世 |
| 在任期間 | 2019年7月10日 - 2025年6月19日 |
| 首相 |
プラユット・チャンオチャ プラウィット・ウォンスワン(代行) セター・タウィーシン プームタム・ウェーチャヤチャイ(代行) ペートンターン・シナワット |
| 在任期間 | 2023年9月1日 - 2025年6月19日 |
| 首相 |
セター・タウィーシン プームタム・ウェーチャヤチャイ(代行) ペートンターン・シナワット |
| 在任期間 | 2019年7月10日 - 2023年9月1日 |
| 首相 | プラユット・チャンオチャ |
その他の職歴 | |
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(2012年10月14日 - ) | |
家族・私生活
アピシット・ウェーチャチーワ政権下の内務大臣を歴任したチャワラット・チャーンウィーラクーン(中国語名:陳景鎮)の息子である。 Satannuch Charnvirakul と結婚し、二児を儲けた。その後、Sasitorn Charnvirakul と再婚した。
アヌティンは、1989年にタイのアサンプション・カレッジ(日本の高等学校に相当)を卒業し、アメリカ合衆国のホフストラ大学で工学の学位を取得した[2]。
父のチャワラットはタイ大手建設会社のシノタイ・エンジニアリング・アンド・コンストラクション (Sino-Thai Engineering and Construction PCL) 創業者であり[3]、アヌティン自身も工学者として社長に就任したことがある[4]。 シノ・タイ・エンジニアリングは、タイ第3位の建設会社であり、バンコクのスワンナプーム空港建設などの国家事業に関わっている[5]。2019年の資産報告書によれば、 アヌティンは3番目に保有資産の多い国会議員である[6]。
政治家として
1996年に、当時外務大臣だった Prachuap Chaiyasan の秘書として政界入りを果たした。その後、2004年から2005年にかけて副保健相を、2004年の間、副商務相をそれぞれ歴任した[4]。
長年にわたり、国家開発党やタイ愛国党などの政党を渡り歩いてきたアヌティンであった[7]が、タイ愛国党で発生した選挙違反を理由に5年間の公職停止処分を受けた[4][8]。公職停止処分が明けた後、2012年10月、父チャワラットがこれまで務めてきたタイ誇り党党首を辞任するのにあたり、新たな党首に選出された[3][9]。
2019年タイ総選挙では、タイ誇り党の首相候補として戦った[8]。
新型コロナウイルス感染症の流行を巡る対応
2020年1月13日に、中国国外では初めてとなる新型コロナウイルス感染者がタイで発見されて[12]以降、保健相として陣頭指揮を執っている[13]。
2月7日、マスクを配布し啓発活動を行っていたところにやってきた記者団に対して、「マスクをしない欧州の観光客はタイから出て行くべきだ」「アジア人は受け取るのに信じられない」などの発言を行った[14]。これらの発言はインターネット上で、差別的だと非難され、翌8日にFacebook上で謝罪を行った[14]。
翌3月12日、Twitter上で「タイ人の90%はマスクをしているのに西洋人はしない。だから彼らの国で多数の感染者が出た」「西洋人旅行者は汚い格好をしている。注意が必要」「感染を逃れるためにタイに押し寄せた欧州の旅行者は、多くがシャワーを浴びない」などと投稿したが、翌日までにこれらの投稿は削除された[13]。
連立政権離脱
2025年6月18日、タイ誇り党が連立政権からの離脱を表明し、アヌティンほか計8人のタイ誇り党所属の閣僚が辞表を提出した[15]。
首相選出
2025年8月29日、憲法裁判所はペートンターン・シナワットの首相解職を命じ、ペートンタンは即日失職した[16]。これを受け、9月5日に国会下院で首相指名選挙が行われ、アヌティンが第40代首相に選出された[17]。4か月以内の解散総選挙実施を条件に、政治的立場がまったく異なる急進改革派の野党の支持を取り付け、タクシン元首相派(タイ貢献党)の立てたチャイカセム元司法相を退けた[17]。
2025年9月7日、国王ラーマ10世の承認と任命を経て、正式に首相へ就任した[18]。9月24日に新閣僚らとともに国王ラーマ10世に対する宣誓式を行い、アヌティン内閣が発足した[19]。その3カ月後の12月11日には議会が膠着状態に陥ったことを理由に解散総選挙に打って出ることを表明した[20]。総選挙は2026年2月8日に執行され、タイ誇り党が過半数には届かないものの第1党となりアヌティンが勝利宣言[21]。3月19日に国会下院においてアヌティンが首相に再任され[22]、翌20日に国王ラーマ10世より承認され、首相に改めて任命された[23]。