アムニアス川の戦い
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紀元前88年に第一次ミトリダテス戦争が開戦されると、ポントス王ミトリダテス6世はアッピアノスによると歩兵250000、騎兵50000、戦車130台、艦船400隻という大兵力を集め(古代において6桁の兵力を動員できたとは考え難いので、おそらく誇張が入っていると思われる)、戦いに臨んだ。対するローマおよびその同盟国側の布陣は以下の如くである。ローマはビテュニアとガラティアの境にカシウスを、ミトリダテスがビテュニアに侵入すると予測された経路にマニウス・アクィリウスを、カッパドキアにクィントゥス・オッピウスを配置し、3人の将軍はそれぞれ40000を率いた。ローマの同盟者のビテュニア王ニコメデス4世は歩兵50000と騎兵6000を自ら率いた[1]。